三角波 6 総つく
「そう言えば、偶然撮れてたんだよね」
あたしの目の前に差し出されたのは、ビチャビチャと音を立て、男を貪る淫らな肢体。
慌てて手を伸ばす。
「おっと‥コレが色んな所に流れたら、お前困んだろ?」
「卑怯だよ。そんなの消して」
〝やだね〟の言葉のあとに、〝この先二年間、俺の女になれよ。そうしたら返してやるから〟そう言われ‥
返事をする暇もなく‥色々な事が決まっていた。
何も知らないキタに…
『本当は俺が幸せにしたかったんだからな!絶対に幸せになんだぞ』
バッシンと背中を叩かれた。
ひと月後には、押し切られる様に、この街で暮らし出していた。
「‥ちゃん、つくしちゃん」
「あっ、はい」
「ぼぉっとして、大丈夫?」
「あっ、大丈夫です。もうじきお夕飯出来ますから」
お昼に作っておいた、鯵の南蛮漬けを冷蔵庫から取り出して皿に盛り浅葱を散らす、
出汁巻き卵に、ゴーヤと鶏ささみの梅肉和え、トマトとオクラのサラダに具沢山のお味噌汁、最後に水茄子の浅漬けを切ったら完成だ。
さっき、余分に2人分平気かと聞かれたので、ご主人がお客様を連れてくるのかな?そんな事を思いながら盛りつけをする。
南蛮漬けも沢山作ってあるから大丈夫ですと答えたものの、いささか庶民的過ぎるメニューだったかな?なんて思いながら皿に盛られた料理を眺める。
まっ、いいかっ。と結論づけた瞬間‥‥呼び鈴が鳴った。
女将にしては珍しく、パタパタと足音を立て出迎えている。
格子扉が開いて、女将が入って来る。
「つくしちゃん、勢ちゃんと梢ちゃんよ」
後ろに居た方を紹介してくれる。
ラフな格好をしているのだけど‥そこはかとなく気品が溢れている。多分‥いいや間違いなくセレブなお2人なんだろうなと推測を立てる。
フムっ‥それなのに、このメニューは如何なものか?なんてまたまた脳裏を過ったけれど、それを言えば女将もご主人もそうな訳で‥まぁ別に構わないのかなと結論づけた。
「はじめまして、牧野つくしと申します」
お辞儀をすると、ニコッと微笑みながら
「お綺麗な所作ね。爽ちゃん仕込み?」
「もともと、関西で習ってて、基本は身に付いてたからね」
女将が答えると
「あら、そうなのね」
梢さんと呼ばれた女性が、嬉しそうに美しく微笑む。
「つくしちゃん、梢ちゃんも勢ちゃんもお茶を嗜んでいらっしゃるのよ。色々よくご存知だから疑問に思ってる事を質問するといいかもね」
道理でお二方とも美しい佇まいだと感心しながら、こんな風情を醸し出せるようになりたいなと、素直に思った。
卑怯な手でこの街に連れて来られたけれど‥‥ほんの少し、あたしは西門さんに感謝をしている。
女将に付いて一年近く、香の世界とともに、お茶やお花、器や書といった、日本伝統に嗜む事で心の中に変化が生まれ、常に枯渇していたあたしの心に、潤いが生まれたのだ。
勢さんは、決して饒舌な方ではなかったが、いつも優しい眼差しで梢さんを見守る。
「勢ちゃんと梢ちゃんは、ずっと2人で意地の張り合いしてて、やっとここ最近仲良くなれたのよ。新婚さんみたいな感じかしらね?」
くすっと笑って、女将さんが教えてくれた。
この日を境に、梢さんは週に一度、多い時は2度の割合でこの街に、すゞやかに顔を出される様になった。
梢さんが来る日は、梢さんからお茶を習う。お花や、お軸、茶器の選び方と言った事まで事細かく教えて下さるのだ。
夜は、女3人で色々な話をしながら杯を重ねて、食事をともにする。
ひと月に一度ほど、勢さんも一緒に遊びに来る。そんな時の梢さんは、いつもよりも甘えん坊で、可愛らしくなっている。
時は経ち、季節は巡る。


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