金魚鉢 類つくver. 空色さま
コンコンと小気味イイ音がして、赤い和金のつくしと頭の上と尾ひれの先っちょが赤で体が白い和金の類が、
パクパクと口を開けながら寄って来た。
くくっ、さっすが牧野が育ててるだけあるよね?
食いしん坊さんだ。
二十日程の海外出張を終えて、空港から直接牧野のアパートに帰って来た。
この前まで窓際で揺れていた、金魚と一緒に連れて帰って来た風鈴は……、
もう、仕舞っちゃったんだね?
暦の上ではとっくに秋だもんね、もっとあの音を聞きたかったな。
「花沢 類?お待たせ出来たよ」
「あっ、うんありがと」
「有り合わせだからさ……口に合うといいけど?」
「全部、俺のリクエストだよ?合わない訳ないでしょ」
「またそんな事言って……」
「連絡くれたら、空港まで行ったのに……」
「牧野のご飯、食べたかったからさ」
食事が終わったテーブルの上は綺麗に片付けられて、
目の前には、ユラユラと湯気の立つお茶。
……………いいなぁ…こういうの。
キッチンでの後片付けの音を背中で聴きながら腹ペコ金魚に餌をやり、
去年の夏祭りの日、二匹の金魚がこの金魚鉢に納まるまでのあれやこれやを思い出す。
*****
「ねえねえ、花沢 類。この浴衣着てみて」
「はっ?どうしたの、それ」
「えへへー、牧野つくしっ!頑張って縫ってみましたっ!!」
「牧野が縫ったの?」
「………うん……」
忙しそうにしててデートする時間が少なかったとか、
総二郎のお袋さんの話が特に多くなったな?とか、
デートしてても心ここにあらずだったし、別れを切り出されたらどうしよう…とか、
グルグル、ぐちゃぐちゃ考えていた事が一遍にぶっ飛んだ。
ほんの少し頬を染めて、近所にある小さな神社のお祭りに一緒に行きたかったのだと云われたら、
俺に、断る理由なんて何一つ無い訳で……。
二人して、下ろし立ての浴衣を着て神社のお祭りに繰り出したんだった。
「姉ちゃん、ヘッタクソだなぁー」
「くっ!……も、もう一回っ!!」
「牧野……、何回やっても無理じゃない?」
「もうっ!花沢 類まで……」
「見てれば、判るよ……牧野、超 下手くそ」
「………………だって、あの金魚可愛いんだもん」
「ん?」
「ほら、そこそこっ!ほらそこ」
「………こいつ?………」
「ね、ねっ!可愛いでしょ?花沢 類みたいに、まったりしてるクセにさ、逃げ足早いのよぉーー」
「…………………………」
「牧野……、欲しいの?」
訊けば、一度で良いから金魚を飼ってみたかった事、
子供の頃、お祭りの度に金魚をねだっては生き物はダメだと云われ続けてた事、
昔の事を思い出して、急に飼ってみたくなった事、
どうせ飼うなら、俺と二人で掬った金魚を飼いたいと思った事、
そんな話しをされれば、俄然ヤル気が出る訳で……、
腕捲りして挑んだのに……。
「……兄ちゃんも、ヘッタクソだなぁー」
「………………………」
「いいよいいよ、好きなヤツ持って行きな」
「えっ!!おじさん、いいの?」
「あぁ、いいよ。ただし、二匹な」
「きゃあーー!おじさん、ありがとっ!」
頗る不本意ではあったが、めでたく二匹の
金魚は牧野のアパートに来る事になったんだ。
俺みたいと言っていた頭の上と尾ひれの先っちょが赤いのと、元気一杯の赤いヤツ。
「こっちが、花沢 類ね」
「じゃ、こっちがつくしだね」
途端に金魚みたく真っ赤になって、口をパクパクさせてたっけ。
ビニールの袋に入れられた二匹の金魚をいとおし気に見つめて、嬉しそうにしてる彼女に見惚れた。
境内で見付けた江戸風鈴の出店で、手元に居る金魚そっくりの絵付けがされてる風鈴を見つけた時のその笑顔に、
また、見惚れた。
境内の石畳を進む二人の下駄の音と、
指にぶら下げた買ったばかりの風鈴の音の重なりが不思議と耳に優しくて、
鳥居の外に出るのが勿体無い気がした。
そんな、お祭りの夜だった。
*****
「あっ!花沢 類。餌のやり過ぎ注意よ、ちゅうい」
「えぇー、だってさ腹へってそうだよ」
「金魚鉢の縁つついたでしょ、ごはんの合図なんだからねっ!」
「イタズラしないっ!」
「あーい」
俺は、キッチンの灯りを消して隣まで来て類とつくしを覗き込む彼女の横顔を、
静にみつめる。
「ね、牧野。金魚、大きくなったね」
「うん、もう一年ちょと経ったもん……少し、狭そうになって来た」
「もう少し広い家に……引っ越しだね?」
「うん、今度のお休みに………」
「引っ越し……ね」
ポケットに忍ばせて来た銀色の塊を一つ、
新しい金魚鉢を買いに行こうね、とでも同意を求めようとしたのだろう彼女の瞳の前に翳す。
「牧野も金魚も、お引っ越し」
「………………花沢 類?」
「牧野も金魚も、俺も一緒にお引っ越し」
大好きな瞳にみるみる溢れそうになる……、
それは、嬉しい涙で間違ってないよね?
返事を待つ俺の首に絡まって来た細い腕と彼女の体温に、
「yes」の返事を貰えた事に安堵する。
狭くなった金魚鉢の中では、旨そうに餌を吸い込む類とつくし。
「コイツら、ホントに旨そうに喰うよな」
「……牧野みたい……」
「し、失礼ねっ!」
涙まみれの顔で怒る彼女が、綺麗で愛しくて、
あと少しで一緒に暮らせる事に思いを馳せる。
そんな二人の秋の夜。
…………………………by 空色



♥ありがとうございます。とっても嬉しいです♥
空色さま
うーーん。透き通るお話し
ありがとうございます♪
金魚でもいいから、
私も一緒にお引っ越ししたいなぁー
なんてダメ? ダメ? ダメかしら?
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