無花果の花は蜜を滴らす04
着慣れた制服に腕を通し、持ち慣れたカバンを手にして家を出た。いつもと同じ時間、いつもと同じ場所で電車に乗った。耳にイヤホンをしていつもと同じ音楽を聞く。目に入ってくる風景だって、いつもとそんなに大差ない。あたしの前にはOL一年生のサッちゃんが立っている。サッちゃんとあたしは別に友達でもなんでもないけど、この4月から、毎朝同じ車両に乗り合わせている。見るからにフレッシュバリバリのOLさんで、最初の一ヶ月は、リクルートスーツを着ていた。お給料日のあとの月曜の朝、桜色のスーツが見事なほどに決まっていたから、サッちゃんと名付けた。あたしの斜め後ろにいるのは、少しお腹が出たおじさんは、うちのパパと同じくらいの年だろうか? いつもなんだかちょっぴりお疲れ気味だ。
乗り換えの駅についたのに、あたしの足は前に進まずに降りていく人の中で立ち止まっていたらしい。
「チッ、邪魔」とあからさまに文句を言われて気がついた。
ぶつかりながら横に避ければ、サッちゃんが、アレッ?という顔をしているのが目に入ってきた。あたしは、今日は野外授業があるんです。というフリをした。
サッちゃんが降り、おじさんも降りたのに、あたしはガタゴトと揺れる電車に乗り続け、終着駅に降り立った。
潮の匂いがした。彼の声が聞きたくなってスマホをプッシュして、会いたいと……初めて、口にした。
永遠にも感じる沈黙が訪れたあと
『……いまどこ?』
彼の声がした。
駅名を告げれば
『一時間ちょっとで行けるから』
バス停の椅子に腰掛けて彼を待った。誰かを待つ時間が幸せで幸せで堪らないなんて初めて知った。彼があたしを迎えに来た瞬間に見上げた空は、どこまでもどこまでも青く澄んでいた。
夢のような時間が、あたしの元に訪れた。あまりにも幸せで、もしかしたらこの一年の間に、 彼が少しはあたしを好きになってくれたかのかもしれないと、ご都合主義なことを思いもした。
岩場で海を見つめる彼の横顔を盗み見た。高い鼻梁に形の良い唇。透き通るような肌にそれを彩る柔らかな色の髪。神様は何故こんな美しい人を作ったのだろうと、ただただ見つめていた。
「ねぇ……」
彼が何かを囁いた。波の音がその囁きを消す。
あたしは首を傾げながら彼を見た。彼はなんだか不貞腐れた顔をして
「なんでもない」
大きな声でそう言って、岩の上を歩いて行った。
小走りに彼を追い掛けた。
彼の白いシャツが風にハタハタと揺れていて、そのシャツを掴もうと決意した。けたたましいスマホの着信音がしたのは、その時だった。
あたしの指は、ヒラリと空に舞った。
鳴り止まない着信音に、彼が振り返り
「出なよ」
そう言った。
神様は、あたしだけを愛していないのかもしれない。
乗り換えの駅についたのに、あたしの足は前に進まずに降りていく人の中で立ち止まっていたらしい。
「チッ、邪魔」とあからさまに文句を言われて気がついた。
ぶつかりながら横に避ければ、サッちゃんが、アレッ?という顔をしているのが目に入ってきた。あたしは、今日は野外授業があるんです。というフリをした。
サッちゃんが降り、おじさんも降りたのに、あたしはガタゴトと揺れる電車に乗り続け、終着駅に降り立った。
潮の匂いがした。彼の声が聞きたくなってスマホをプッシュして、会いたいと……初めて、口にした。
永遠にも感じる沈黙が訪れたあと
『……いまどこ?』
彼の声がした。
駅名を告げれば
『一時間ちょっとで行けるから』
バス停の椅子に腰掛けて彼を待った。誰かを待つ時間が幸せで幸せで堪らないなんて初めて知った。彼があたしを迎えに来た瞬間に見上げた空は、どこまでもどこまでも青く澄んでいた。
夢のような時間が、あたしの元に訪れた。あまりにも幸せで、もしかしたらこの一年の間に、 彼が少しはあたしを好きになってくれたかのかもしれないと、ご都合主義なことを思いもした。
岩場で海を見つめる彼の横顔を盗み見た。高い鼻梁に形の良い唇。透き通るような肌にそれを彩る柔らかな色の髪。神様は何故こんな美しい人を作ったのだろうと、ただただ見つめていた。
「ねぇ……」
彼が何かを囁いた。波の音がその囁きを消す。
あたしは首を傾げながら彼を見た。彼はなんだか不貞腐れた顔をして
「なんでもない」
大きな声でそう言って、岩の上を歩いて行った。
小走りに彼を追い掛けた。
彼の白いシャツが風にハタハタと揺れていて、そのシャツを掴もうと決意した。けたたましいスマホの着信音がしたのは、その時だった。
あたしの指は、ヒラリと空に舞った。
鳴り止まない着信音に、彼が振り返り
「出なよ」
そう言った。
神様は、あたしだけを愛していないのかもしれない。
- 関連記事
スポンサーサイト