明日咲く花

牧野は、困った顔をして

「妹じゃないのは知ってるよ」

その言葉に俺の胸は、ズキンと痛くなる。

恋は、ワクワクや幸せと共に、こんな胸の痛さまでも連れてくんだって……初めて知った。


「大切な幼なじみ……だよ
トウもハナヤンもミマくんも
それは向こうも一緒だよ」


胸の痛さが俺を打ち、言わなくてもいい言葉が、押し込めてた思いが、口から出て行きやがる

「向こうは、向こうは、お前を特別な女として見てる」

黒い思いは止まらない。

「お前だって、本当のとこはそうなんだろう？」

牧野は左右に首を振る

「あいつらと会う時は飛び抜けて可愛い格好してんだろうよ
俺とは、ほんの一時間にもみたねぇ時間。それまではあいつらの誰かとゆっくり会ってんだろう？
まぁ、お情けで会って貰ってる俺が言うことじゃねぇけどな」

「ちがうっ」

「違わねぇだろう」

「お情けなんかじゃないっ
……司さんが、司さんがメインだもん」

「えっ？」

「あっ……」

一瞬、目が合ったあとに牧野は俯いた。

「俺がメインって、どういうことだよ」

俯いたまま顔を上げないで

「そういうことです」

「そういうことって、どういうことだ？」

「司さんに、司さんに……ちょっとでも可愛いって……思って欲しかったの」


「はっ？
ちょっとでも可愛くも何も、お前いつでも可愛いぞ」

予想だにしなかった牧野の言葉に、俺テンパった。

「えっ……？」

テンパった俺の返事に、牧野が耳まで真っ赤になったのを見て、黒い心が飛んでって、代わりに 目一杯の〝羞恥心〟に見舞われた。


って、わけだ。


「で、朝からニヤニヤなさってるというわけですね」

「チッ ニヤニヤって、もっと言い方あんだろうよ」

「ニタニタ？
不気味な笑い？」

「あぁ、もうっ ニヤニヤでいい」

蟹沢は偉そうに一つ頷いてから

「して、他のいろいろなことは解決されたのですか？」

痛い所を突いてくる

「……してねぇ」

ってか、テンパった後に浮かれて、酒に酔っ払ったみたいに身体も脳みそもフワフワして、それどころじゃなかった。

「左様ですか……」

そう言ったきり黙り込む蟹沢。

チッ チッ チッ チッ

時計の秒針の音だけが、やけに耳について思わず息を止めたら

「うぐぐっ」

窒息しそうになって、息を目一杯吸い込んだら、蟹沢が生温かい目で微笑みやがった。


チッ

ったく、調子が狂う。


調子が狂うと言えば、あの時聞けなかった牧野の気持ち含めた色んなことは、やはり聞けずにいて……

あん時のことは、俺の願望が見せた夢なのかもしれねぇなんて風にまで思ってる。

ウダウダ悩んでねぇで、聞けばいい？
聞けたら悩んじゃいねぇよ。

ウジウジ悩んで俺らしくない。
あぁ、全くもって俺らしくない。

だけどな……人を好きになるっつーのは、そういうもんだ。

でもって、今日も今日とて、いそいそと出かけて

「ハァッー」

部屋に戻って来たと同時に、大きな大きな溜め息を吐いてるってやつだ。

「トウにハナヤン、ミマくんってか
ったく、どんな野郎共だよ」

「お調べいたしますか？」

「やっ、いい」

調べるのは簡単だ。だが、牧野に直接聞けば済む問題をコソコソと嗅ぎ回るのは、男として姑息な気がして辞めた。

「とはおっしゃっても牧野さんに直接お聞きになられないんですよね？」

「チッ 蟹沢うるせ 給料下げんぞ」

「その際には、コンプライアンス委員会並びに労働組合の方に駆け込みさせて頂きます」

どうやら俺は、牧野に恋することによって、
蟹沢というとんでもねぇ奴に弱味を見せちまったらしい……

ったく、しまらねぇよな


「コホンッ
専務、全部聞こえておりますが」




季節は巡り、春、夏と過ぎ
内定式を半月後にへと控えたある夜、
一本の電話が掛かってきた。


『 おっ あきらか
久しぶりだな

あぁ、それなら今週末でどうだ？』

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