紅蓮 111
永瀬は、どこか遠くを見つめ当時の話しをする。
「……双子は、宗谷家にとって忌み嫌うものでございましたのよ。
ですから、美結様が双子をご懐妊されたのもお産みになられたのも、宗谷にとって秘匿でございました。奥方様は勿論のこと、双子をお産みになられた美結様ご自身にも隠されておりましたの。
先程、母が私を呼んだのは、美結様のお腹の中の御子が双子だと言うのが一因だと申しましたでしょ
それは、無事にご出産された双子のうちの一人を幼馴染だった医師の実子として籍に入れるのが目的でございましたの。
ですから私のお腹には、幾重にもサラシが巻かれてましたのよ。
美結様がお産みになられたのが凌様と玲久様。当初の予定通り玲久様は、双子を取り上げた彼と私の娘として出生届を出しましたの。
彼は、恩義ある宗谷の家のために忠義をもち報いる事が出来るという幸運と、普通に生きていては一生涯手にする事のない大金を手にしましたの。
玲久様を連れ三人で日本を離れたのは、丁度今頃の季節でしたでしょうか……
凌様の御身に何事も無ければ、もう二度と日本には戻らない。玲久様の両親として一生を他国で生きていく。固く決意しての出国でしたのよ。
最初はぎこちなかった三人での暮らしも、玲久が一才を迎える頃には、どこにでもある自然な家族の暮らしになっておりました。玲久の笑顔を見ていると、自然と私達まで笑顔になったものですわ」
ふっと息を吐くように永瀬は笑う。
「……不謹慎な事に私達は幸せで幸せでたまりませんでしたの。
だってそうでしょ?
玲久の手は真っ直ぐに私達二人を求め、満面の笑みを与えてくれるんですもの。幸せを感じないでいられるなんて……私達二人には、到底無理な事でしたの。
玲久は、とても美しくて聡明な子でしたのよ。玲久の寝顔を見ながら二人で玲久の将来についてよく語り合いましたわ。
話し合いの結末は、いつも同じ。
どんな人生を歩もうと、幸せになって欲しい……。
そんな話しをする度に、玲久と彼と三人で年月を重ねていきたいと、心の奥底で強く願うようになっていたんでしょうね。だからなんでしょうか……罰が当たったのは」
「罰?」
「えぇ、罰です。幸せになどなっていけない人間が幸せになる。その罰ですわ」
「 そこまで宗谷のために尽くした貴女がなぜ幸せになってはいけないんだ?」
司は眉根を寄せ、永瀬に問うた。
「ふふっ 私も、あの日までそんなふうに思っていましたわ。
三人で幸せになっていいんだって。いえ、大恩に報いる為、美結様への忠義のため、玲久をきちんと育てるのが使命なんだと。そのためにいい家庭環境が必要で、そのためにも幸せでいなくちゃいけないんだって。
でもそれは、ただ単に色々な事から目を背けていただけなんだって……ただ単に逃げていただけなんだって」
「あの日までですか?」
「えぇ。とは言っても、最初のキッカケは特別何があったと言うわけでは無いんです。
いつものように、眠る玲久を二人で眺めながら、他愛もない話をしていただけなんです。言葉が途切れて、目と目があった瞬間、満面の笑みで彼が言ったんです」
永瀬はその時を思い出すかのように目を瞑り口にする。
〝君と玲久は、好きなものがよく似てるよね〟
〝好きなもの?〟
〝うんっ 例えば、そのチーズパイ。玲久も大好きだ〟
〝あらっ チーズパイが大好きなんて、ごくごく普通のことよ。それに、おんなじ物を食べておんなじ時を過ごしてるんですもの。好きにならずにいられないでしょ?〟
〝ククッ 確かにそうかもね。でもさ、不思議だよね。食べ物の思考もさることながら、ふとした時の仕草や表情が小さな頃の君を思い出させるんだよ〟
〝一緒に暮らしてると似てくるって言うものね〟
〝あぁ確かにそうだね。君と美結様も顔の造作じゃなくて、ふとした時の仕草や表情が驚くほど似ていたものね〟
〝私と美結様が?〟
〝うん。初めて思ったのはいつだったけかな?
あっほらっ まだ君が長い髪をしていた時だよ。いつもはきっちりと結んでいる髪を解いたことがあっただろう。あまりにも似ててビックリしたんだ。
そのあと直ぐ、君は髪の毛を短くしちゃったし、
それからかな? 美結様と君の類似点を探したら結構あってさ。仲が良いとよく似るんだなって思ったんだよね〟
「彼にとっては、ただ単に昔を懐かしむ思い出話しだったんでしょうね。
いえ、その時は、私にとってだってそうだったんですけどね。
そうそう、道明寺さんは、ウェヌスのエクボってご存知かしら? 」
永瀬は、質問を投げかけたあと司の答えを待たずに再び話し始める」
「丁度、お尻と腰の間に位置する筋肉の窪みを指す言葉で、別名で女性ならヴィーナスのエクボ。男性ならアポロのエクボなんて呼ばれてもいるんですよ。
後ろ姿の美しさの象徴からかしら、筋肉を鍛えて後天的に出てくる人もいるみたいなのだけど、生まれつき持っていたりもするんですって。
骨格や筋肉のつき方の差なのかしら? 欧米人には、割合と多いみたいですけど、日本人にはとても少ないんですって」
永瀬は、一旦言葉を切ると、無意識に自分の腰の下に手をおいた。
大きくうねる波の音が聞こえる。
「……双子は、宗谷家にとって忌み嫌うものでございましたのよ。
ですから、美結様が双子をご懐妊されたのもお産みになられたのも、宗谷にとって秘匿でございました。奥方様は勿論のこと、双子をお産みになられた美結様ご自身にも隠されておりましたの。
先程、母が私を呼んだのは、美結様のお腹の中の御子が双子だと言うのが一因だと申しましたでしょ
それは、無事にご出産された双子のうちの一人を幼馴染だった医師の実子として籍に入れるのが目的でございましたの。
ですから私のお腹には、幾重にもサラシが巻かれてましたのよ。
美結様がお産みになられたのが凌様と玲久様。当初の予定通り玲久様は、双子を取り上げた彼と私の娘として出生届を出しましたの。
彼は、恩義ある宗谷の家のために忠義をもち報いる事が出来るという幸運と、普通に生きていては一生涯手にする事のない大金を手にしましたの。
玲久様を連れ三人で日本を離れたのは、丁度今頃の季節でしたでしょうか……
凌様の御身に何事も無ければ、もう二度と日本には戻らない。玲久様の両親として一生を他国で生きていく。固く決意しての出国でしたのよ。
最初はぎこちなかった三人での暮らしも、玲久が一才を迎える頃には、どこにでもある自然な家族の暮らしになっておりました。玲久の笑顔を見ていると、自然と私達まで笑顔になったものですわ」
ふっと息を吐くように永瀬は笑う。
「……不謹慎な事に私達は幸せで幸せでたまりませんでしたの。
だってそうでしょ?
玲久の手は真っ直ぐに私達二人を求め、満面の笑みを与えてくれるんですもの。幸せを感じないでいられるなんて……私達二人には、到底無理な事でしたの。
玲久は、とても美しくて聡明な子でしたのよ。玲久の寝顔を見ながら二人で玲久の将来についてよく語り合いましたわ。
話し合いの結末は、いつも同じ。
どんな人生を歩もうと、幸せになって欲しい……。
そんな話しをする度に、玲久と彼と三人で年月を重ねていきたいと、心の奥底で強く願うようになっていたんでしょうね。だからなんでしょうか……罰が当たったのは」
「罰?」
「えぇ、罰です。幸せになどなっていけない人間が幸せになる。その罰ですわ」
「 そこまで宗谷のために尽くした貴女がなぜ幸せになってはいけないんだ?」
司は眉根を寄せ、永瀬に問うた。
「ふふっ 私も、あの日までそんなふうに思っていましたわ。
三人で幸せになっていいんだって。いえ、大恩に報いる為、美結様への忠義のため、玲久をきちんと育てるのが使命なんだと。そのためにいい家庭環境が必要で、そのためにも幸せでいなくちゃいけないんだって。
でもそれは、ただ単に色々な事から目を背けていただけなんだって……ただ単に逃げていただけなんだって」
「あの日までですか?」
「えぇ。とは言っても、最初のキッカケは特別何があったと言うわけでは無いんです。
いつものように、眠る玲久を二人で眺めながら、他愛もない話をしていただけなんです。言葉が途切れて、目と目があった瞬間、満面の笑みで彼が言ったんです」
永瀬はその時を思い出すかのように目を瞑り口にする。
〝君と玲久は、好きなものがよく似てるよね〟
〝好きなもの?〟
〝うんっ 例えば、そのチーズパイ。玲久も大好きだ〟
〝あらっ チーズパイが大好きなんて、ごくごく普通のことよ。それに、おんなじ物を食べておんなじ時を過ごしてるんですもの。好きにならずにいられないでしょ?〟
〝ククッ 確かにそうかもね。でもさ、不思議だよね。食べ物の思考もさることながら、ふとした時の仕草や表情が小さな頃の君を思い出させるんだよ〟
〝一緒に暮らしてると似てくるって言うものね〟
〝あぁ確かにそうだね。君と美結様も顔の造作じゃなくて、ふとした時の仕草や表情が驚くほど似ていたものね〟
〝私と美結様が?〟
〝うん。初めて思ったのはいつだったけかな?
あっほらっ まだ君が長い髪をしていた時だよ。いつもはきっちりと結んでいる髪を解いたことがあっただろう。あまりにも似ててビックリしたんだ。
そのあと直ぐ、君は髪の毛を短くしちゃったし、
それからかな? 美結様と君の類似点を探したら結構あってさ。仲が良いとよく似るんだなって思ったんだよね〟
「彼にとっては、ただ単に昔を懐かしむ思い出話しだったんでしょうね。
いえ、その時は、私にとってだってそうだったんですけどね。
そうそう、道明寺さんは、ウェヌスのエクボってご存知かしら? 」
永瀬は、質問を投げかけたあと司の答えを待たずに再び話し始める」
「丁度、お尻と腰の間に位置する筋肉の窪みを指す言葉で、別名で女性ならヴィーナスのエクボ。男性ならアポロのエクボなんて呼ばれてもいるんですよ。
後ろ姿の美しさの象徴からかしら、筋肉を鍛えて後天的に出てくる人もいるみたいなのだけど、生まれつき持っていたりもするんですって。
骨格や筋肉のつき方の差なのかしら? 欧米人には、割合と多いみたいですけど、日本人にはとても少ないんですって」
永瀬は、一旦言葉を切ると、無意識に自分の腰の下に手をおいた。
大きくうねる波の音が聞こえる。
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