猫 03

ニャオォーン
猫が鳴いた
ワタルの腕から飛び出したムゥが、人の輪に囲まれた女の元に一目散に走っていった。ムゥは女の足にスリスリしながら、鈴を転がしたような声で鳴く。女は膝を折りムゥに手を伸ばし喉元を撫でながら
「えっ ムゥ? 久しぶり。元気だった?」
ムゥがゴロゴロと喉を鳴らして喜んでいる。ワタルの背後に居た総二郎の目に入ったのは、しゃがんでムゥを撫でる白くて細い腕と、真っ直ぐに伸びた黒髪だった。黒髪と白い腕のコントラストに目が心が奪われた。
「つくしっ」
ワタルの声がして、女が顔を上げる。総二郎と女の視線が重なり
「「えっ」」
驚いた声が二人の口から出た。
「えっ?って…… あらっ あんた達知り合い?」
ワタルが二人の顔を交互に見た。つくしは立ち上がり総二郎に近づいてくる。総二郎は動くことも目を離すことも出来ずに、つくしを見つめた。
「西門さん お久しぶりです。御友人って、西門さんのことだったんですね。うわっビックリ」
あの頃とは違う大人の微笑みを浮かべたつくしが言葉を発する。総二郎は、頭の中の処理が追いつかずに混乱しながら
「……まきのっ?
いやっ でも……牧野、牧野だよな?
いやっ でも……えっ なんでワタルさんと?」
「って、なんでインディゴちゃんと?は、私もだよ。
それにしても相変わらず色気プンプンだね。今日はゆっくりしていけるの?!それとも忙しい?」
「この後の予定は入ってないんで大丈夫だ」
「本当? だったら、この後インディゴちゃんと三人で飲もうよ。ね」
「あぁ」
後から入ってきた客が、つくしの名を呼び近づいて来る。つくしはその男達に親しげに微笑んでから、総二郎と引き合わせた。普段の総二郎ならば、喉から手が出るほど欲しい名家との繋がりだ。西門の若宗匠として仮面を被りにこやかに対応しただろう。だけど総二郎は、なぜかそれよりも男達のつくしへの視線が気になって仕方なかった。
つくしが緩やかに微笑むのを見る度に、よく知っていた筈のつくしが、見知らぬ女に見えた。
飲み物を取りにバーカウンターに向かえば、まるで待ち構えていた様に、見目のよい男がやってきては、上から下まで舐めるように総二郎を見た後、自分の名を名乗り、世間話を交わして去って行く。同じ様なセリフと行動が幾人か続いたあとワタルが側にやってきて
「うふふっ 牽制が凄かね。あん子達、根はいい子なんやけどね。新参者には容赦ないけんねぇ。それに、総カッコいいしね。そりゃぁ仕方なかとね」
ワタルは総二郎の顔を見て悪戯げに笑った。総二郎は、手に持っていた酒を一気に煽った。
ニャォオーン
足下でムゥが鳴いた。総二郎は、グラスをカウンターに置くとムゥを抱き上げた。女が声を掛けようとすると “ニャァゴ” 機嫌悪そうにムゥが鳴き、総二郎の元を女達は苦笑いを浮かべて去っていく。
「ったぁっ お前、野郎どもが来た時に来いよな」
総二郎が愚痴れば、
“ニャンッ”
そんなこと知らないよとばかりに一声鳴いて目を瞑る。
総二郎は、テラスのソファーに腰掛けた。ムゥは、ゴロゴロと喉を鳴らし総二郎の膝で丸くなった。気持ち良さげに眠るムゥを眺めていたら、連日の疲れと程よいアルコールの酔いで、いつの間にか総二郎も眠っていた。
夢を見た。
幸せそうに笑う夢を見た。あまりに幸せそうに笑っているから、あぁコレは夢なんだと直ぐにわかった。
ニャァゴ
ムゥが小さな鳴き声と共に尻尾をふった。尻尾の毛が鼻腔をくすぐって……総二郎は目を覚ました。
「……ま、きの?」
いつの間に来たのだろうか、ムゥを挟んでつくしが気持ち良さげに眠っている。
「いい年の女が……ったく、こんなところは変わらねぇのな」
ニャンッ
ムゥは一声鳴いて、ソファーを飛び降り去っていく。その動きで、つくしが目を覚ました。
「……うーーふわぁっ~ あぁ アレっ? にし…かど……さぁん うふっ あいかぁらぁず いろっぽいねぇ」
まだ夢うつつのつくしは、少女のようにあどけなく笑う。総二郎もつられるように自然と笑みを溢す。
「久しぶり……だな。元気にしてたのか?」
「うん。元気だよ。皆んなも元気にしてる?」
「あぁ、
あきらは一昨年、司は昨年結婚した」
「そうみたいだね」
「……類に……聞いたのか?」
「類?」
つくしは首を振り
「スペインのパーティーで道明寺に偶然会ったんだよ。もうさ、ニューヨークでも日本でも全然会わなかったのに、まさかスペインで会うとはで、ビックリしちゃったよ。
その当時はまだ婚約者だった奥さんと一緒にいたんだけど、二人並んでオーラー出しまくってて凄かったよ。その時色々話して、美作さんの結婚のことも聞いたんだよ」
「そうか」
「うん。どこでいつ会うかなんて本当わかんないよね。
まさか、インディゴちゃんの仲良くしてる人が西門さんで、今日会うなんて思いもよらなかったしさ」
「本当だな。まさか牧野とこうして会うなんてだもんな
ってか、牧野、お前なに勝手に消えてんだ。って感じだな」
総二郎は、戯けたように本音を口にした。つくしは居住まいを正し
「色々ごめんね。……って言えるのに、思いの外時間かかっちゃって……言える自信がついたら、ついたで、すごく忙しくなっててさ、なんだか時間が経ち過ぎてて、今更なんて言って連絡していいかわかんなくなちゃったんだよね。
本当に、ごめんなさい」
ガバリと音がしそうな勢いでつくしの頭が下がる。
「もう一度会えて良かったよ」
総二郎は、緩やかに笑った。
この日から、つくしと総二郎の新たな関係が始まった。
あれから……総二郎とつくしはよく一緒の時間を過ごすようになった。そこにワタルが居る時もあれば、他の友人が居る時もあったし、誰もいないで二人の時もあった。
気が合う時もあれば、壊滅的に気が合わない時もあった。
例えば……
実はパンの中であんぱんが一番好きなのだと気が合って、二人で固い握手をした次の瞬間……あんぱんは数々あれど、オカメ銀座の一番端っこの道を曲がった先にある喜福ベーカリーのあんぱんが一番だと主張する総二郎と、京都の料亭お宿下加茂井の朝ご飯に出るあんぱんが一番だったと主張するつくしの二人で言い合いになった。一緒にいたワタルに、如何に自分の推しあんぱんが優れているかを声高に主張しあって、二人揃ってワタルに結審を仰ぎ
「アタシはクリームブリュレ派」
と一刀両断され
「「エッ 日本人ならあんぱんでしょ(だろ)」」
二人揃って反論して、ワタルを呆れさせていた。
あんぱんの結末は、翌日朝一番で“喜福ベーカリー”のあんぱんが、つくしの舌を唸らせて、“料亭お宿下加茂井” のあんぱんは、週末いつもの常宿からわざわざ宿を変更した総二郎の舌を唸らせた。
結果
「「みんな違ってみんないい」」
と何処かで聞いたフレーズを同時に言い合い、目を見合わ笑い合って固い握手を再び交わし、ワタルを呆れさせた。
つくしの友人達と総二郎が酒を酌み交わすようになった後あたりから、何故か西門の後援会の懇親会につくしが呼ばれるようになった。初めて懇親会につくしの姿を見つけた時の総二郎は、最初その後ろ姿の女がつくしだと分からなかった。
なのに……ホテルの会場に入った瞬間、その女の凛とした後ろ姿が総二郎の目に飛び込んできた。艶やかな黒髪と白い頸が女の色香を醸し出し、細い肩が男の庇護欲を誘っている。総二郎の視線はその女に釘付けだった。顔が見たいと近付いた。女の目の前に居た後援会理事の奥方の聡子夫人が総二郎の方を見ながら女に何か言い、それに連動して女が振り向く。女はいたずらっ子のような表情を微笑みに乗せていた。
総二郎の胸がドクンと鳴った。
聡子夫人が面白いものを見たと言う顔をして、ニコリと笑った。
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12月4日18時~
読者💛茶愛さま
R戦士総次郎 君は愛する者を守れるか?

Pas de Quatreにて
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