恋と呼ぶには深すぎて 第四話

次の瞬間……「「そんな冷たい」」と、これまたハモる声。
俺、今日疲れてるから二重音声で聞こえるのか?なんて事を考えながら総二郎が視線を動かせば、下唇を食みながら大きな瞳をうるつかせているつくしと、銀色のトレーを持ったまま立ち竦んでいるマスターと目が合う。
「ぁははっ」
総二郎の唇から諦念の笑いが溢れれば、何故か二人同時に頷かれ熱い視線を注がれた。
「はぁっーーーーー」
総二郎が長い長い溜め息を一つ吐く合間に、マスターはカウンターに戻り、つくしは安堵の表情を浮かべながらオムライスを食べ始めた。
総二郎の視線は自ずとつくしに注がれる。つくしは、いつものようにスプーンを総二郎に手渡しながら
「ホントここのオムライスは美味しいよね」
へラリとひとつ笑った。
「ははっ そうだな。美味いよな」
「うん。美味しい」
憂いの消えたつくしの笑顔を見ているうちに、些末な面倒ごと等どうでもよくなってい……
「いやっ」
ブンブンと首を振り
「いかねぇよ。 なっ、つくしちゃんよー この借りは何で返すつもりだよ」
「うぐっ なんで返すって?」
「そりゃそうだろうよ。労働にはそれ相応の対価っていうものが必要だ。それにだ。お前は、俺を気安く呼び出すが、俺一応、天下の西門総二郎だ」
「て、天下のって……それ自分で言っちゃダメなやつじゃないの?」
「はっ? お前それが人様にもの頼む態度か?」
「あっ いやいや あたしは、天下の牧野つくしじゃないけど、西門さんには色々尽力してるかなーーと。ねっ、ほらっ、いつだったかなー あっ そうあのほらっ、雲水さんとの会食とか一緒に出たじゃん」
「あぁ、牧野が間違えて俺の鞄に入れた契約書を届けさせられた時な。予め組まれた予定を変更すんのに急遽取り付けた会食な」
「うぐっ へっへっ確かにそんなこともあった……かな。ぁははっ
あっ、でもでも、通訳の人手が足りないからって後援会の事務方さんに言われて手伝ったよね?」
「それは牧野が突如連れてきた海外セレブ一行が元凶だろう」
「元凶って…… 西門さん、海外支部へのいい宣伝になるって喜んでたじゃん
ねっ、だから、損得なんて考えちゃぁダメってことよ。巡り巡ってなんだから。
ほらっ 情けは人のためならずって言うじゃない Today you, tomorrow me
ねっ、貴重なオムライス仲間兼飲み仲間がいなくなったら寂しいでしょ?
ねっ。うんっ。寂しいでしょ」
「った、なっ お前頷いてキレイに纏めようとすんな。
あぁ もう面倒くせぇな。お前の気になる人でもなんでもやってやるよ」
「う〜ん それでこそ天下の西門総二郎! ヨッ!色男!」
この後、一ノ瀬対策と銘打って、つくしと総二郎の作戦会議が始まった。あぁでもない、こうでも無いと話しているうちに気が付けば、客はつくしと総二郎の二人になっていた。じっと二人を見ていたマスターと目があって慌てて席を立ち上がろうとすれば、ジェスチャーで座らされ、二人の席までやって来る。ここに通い出してから結構な月日が経つが……片頬で薄ら笑う顔しか見たことが無かったマスターが……二人で秘かに『片頬さん』と呼んでいたマスターが……両頬上げた得意満面の笑顔で二人の前にやって来てそれはそれは饒舌に二人にアドバイスをした。
結果。総二郎は、つくしの気になる人ではなく、今回のことで行きつけの喫茶店のマスターに相談を持ち掛け、マスターの取り計らいでお互いに思い合っていたことが判明したという経緯を持つ出来立てほやほやの恋人という設定になった。
「先手必勝ってやつですよ。その社長さんが何か話す前に二人で『キッカケを作ってくれてありがとうございます』って、言えば良いんですよ。何事も勢い!勢いで乗り切っちゃえばいいんですよ
で、まぁそれに真実味を持たせると言うか、恋人同士のアリバイ工作みたいなのをそのなんとか社長と会う前に作った方がいいと思うんですよ。
で、ですね、丁度よくっていうのかなー、ここに高級グランピング施設のご優待券があるんで一緒に行きましょう!」
「いやっ 俺らこうして結構会ってるし、必要ないんじゃ無いですかねー」の総二郎の言葉は『高級グランピング』の言葉に釣られたつくしの有休申請の算段の前に掻き消され……
なぜか四人で富士山が美しく見えると評判のグランピング施設の前にいる。
四人目は誰かって?マスターの恋人の美鈴さん。どこかで見たことがある顔だなぁと総二郎が首を傾げれば、何か?とばかりに美鈴も首を傾げたのと
「美人でしょ 美鈴さん」
臆面もなく口にするマスターに「もう恥ずかしい」と表情豊かに怒る美鈴を見て、他人の空似だと納得した。
車の中でもマスターの美鈴ラブっぷりは、変わらなかった……いや増していた。つくしと総二郎が片頬でしか笑わない気難しいマスターを懐かしむ頃、漸く目的地に着いた。
フロントで今日明日のお供のリュックを選んで下さいと言われ、いざ選ぼうとした時に、総二郎のスマホが鳴った。
「悪い牧野、俺のも選んで貰っておいて」
リュックを二つ受け取ろうとした瞬間
片頬さんあらためシュガーマスターが「じゃっ お先に」と、つくしに片手を上げた。
「へっ?」
「あっ グランピングリゾートだから、部屋なんだ」
にこやかに言葉を返しながら美鈴と二人であっという間に受付フロントを出ていった。
何を言われたのかわからないつくしは、リュックとカードキーをスタッフに手渡たされるまで、しばし呆然とその場に佇んでいた。
はっと我に返り表に出てれば、お迎えジープが二人を乗せ走り去っていくのが見えた。
「あれっ? マスターと美鈴さんは?」
戻ってきた総二郎に聞かれたつくしは、総二郎に無言でカードキーとリュックを差し出す。待ち構えていたスタッフに促されるようにジープに乗り辿り着いた先に待ち受けていたのは、ミニマムなベッドルームと大きな窓から見える荘厳な富士の夕陽に照らし出された姿だった。
つづきは
河杜花さま
恋と呼ぶには深すぎて第五話 12月2日15:00~

柳緑花紅
ありがとうございます
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