エゴイスト こ茶子さまより頂き物
昨晩はことさら寒く、雪が降り始めていたから、おそらく今頃外は白銀の世界へと様変わりしていることだろう。。
琉那がここコネチカット州ニューヘイブンは、イエール大学に留学して2度目の冬…日本によく似たこの気候の地での生活にもあっという間に慣れた。
まだ薄暗い時間帯、いつも快適に整えられた空調の部屋で寒さなど感じることもないはずだというのに、素肌に触れる空気が冷たい気がして身震いしてしまう。
「…嶺?」
快楽の余韻と疲労にうつ伏せていた背中を撫でていてくれたはずの大きな手の主が、いつの間にかどこにもいない。
そっと体を起こして、無意識のうちに周囲を探る。
…まさか。
シュルリと起こした素肌の上半身からシーツが滑り落ちて、琉那の白い肢体が夜明け前の闇にうっすらと浮かび上がる。
けれど、今の彼女にとって、そんなことはどうでもいいことだ。
ただ、彼がそこにいない。
いつも脳裏のどこかにある不安が脳裏を過ぎり、胸の奥を軋ませる。
毛足の長い絨毯の上に落ちてしまったシーツを取り上げ、トーガよろしく裸の体に巻きつけベッドから立ち上がる。
…どうせ、あたしと嶺しかここにはいないんだもん。
恥ずかしいだなんて少しも思わない。
それよりも今彼女にとって大事なのは、そこに愛する男がいてくれない、ただそれだけ。
いくつもの夜、繰り返した手順を今晩もまた繰り返す。
彼女のこの世で唯一無二の男の姿を探して、夜の闇を彷徨う。
けれど、すぐに求めていた姿を見つけた。
わずかに地平線に昇り始めた太陽の作り出すグラデーションを眺め、窓辺に寄りかかった…彫像のごとき美貌の男を発見して、琉那は小さく安堵の息を落とす。
クルクルの巻き毛も、月明かりに照らされた秀麗な美貌も、琉那とはまるで違う男性的な蠱惑に満ちた長身の逞しい肉体も、長い手足も、すべてが彼女を魅了し、溺れさせずにはおかない。
…あたしは狂ってるのかもしれない。
きっとそうなのだ。
彼を得るためなら、何を捨てても構わない。
どんなものを犠牲にしても、たとえ嶺自身が望んでくれていなかったとしても、自分の存在こそが彼を苦しめ続けているのだとしても、それでも…ただ彼を愛する為だけに生きている女でいたいと無心に願う。
あれほど愛し慈しんで育ててくれた両親をも裏切って、たくさんの人たちを不幸に貶め、罪を犯すことさえ厭わない。
窓の外を眺めて物思いに耽っていた嶺が、ふいに振り返って琉那に気がつき首を傾げた。
「琉那?」
振り向いてくれたことが嬉しくて、ただそれだけなのに幸せで、躊躇することなく彼のもとへと歩み寄って、夢から覚めたばかりみたいに…ぼんやりした顔をしている嶺の体へと抱きつく。
「…なに?そんな格好でどうした?」
驚いて抱きしめ返してくれる腕の温もり。
嶺の裸の胸に頬を摺り寄せ、猫のように懐く。
「だって、目が覚めたら嶺がいなかった」
「…ああ、悪い。ちょっと目が冴えたから。…風邪、引くぞ」
「平気、こうしてたら嶺の体温で温かいもん」
言いだしたら聞かない琉那の性格は、嶺もよくわかっている。
嶺が仕方なさそうに微かに笑って、彼女の肌蹴かけたシーツを一旦剥がし、あらためて肩からスッポリ巻き直して胸へと抱き込む。
「夜明け…」
「ああ、一日が始まる」
「凄い、綺麗」
徐々に暁が周囲を染めかえ、夜の闇を追い払って、やがて世界を光に溢れさせる。
まるでそれは希望の光。
明けない夜はけっしてないのだという証のように、ことさら琉那の目には輝かしく見えた。
けれど、皮肉に口角を上げた嶺の横顔は、真逆に昏く沈んでひどく哀しそうだ。
琉那にとって世界は単純で、何が罪だとか、だからどうだとか悩むことはない…いや、悩むことを辞めてしまった。
…嶺だけ。
嶺がいて、自分がいて、そして二人、ずっと、ずっと…そして永遠に、そうして生きていければそれだけでいい。
けれど、嶺は違った。
「嶺…、あたし絶対あなたを離したりしないから」
嶺の目が瞬いて、真っ直ぐに自分を見上げて視線を反らすことをしない琉那の目を見返す。
彼の父も母も、時に疚しそうに嶺から視線を反らすことがあったというのに、彼女だけはけっして嶺から目を背けない。
初めて出逢ったその時から、彼だけを見つめて、他のどんな意図をも入り込む隙間もないくらいに、彼を愛してると一途に伝え続けていた。
だからそれが、更なる罪の始まりだとわかっていて、彼女を愛することをやめることができなかったのだ。
琉那を愛して、彼女が愛してる者たちからいずれ引き剥がして、自分の闇へと引きずり込んでしまうだろうとわかっていても、それでも…彼女を諦めきれなかった。
「あたしは欲張りだし、自分が欲しいものを間違ったりしない。あたしが失いたくないものは、嶺、あなただけ。あなたと初めて出逢った17才のあの日から、それだけが真実。だから、そのためなら、あたしはいくらでも罪を犯すし、それを厭ったりしないわ。誰から憎まれても構わない」
「琉那…」
苦しげに顔を反らそうとする嶺の頬に両手を押し当てて、ただあなただけが欲しいと掻き口説く。
「罰ならあたしが受ける…あたしを憎んでもいいよ。でも、あたしのことを嫌いにはならないで…」
熱い涙が頬を伝って、幸せなのに…本当に幸せなのに、ポタリポタリと溢れて、嶺の胸元を濡らす。
たとえ、優しい嶺の情に縋っても、けっして彼を自由になんかしてあげない、と。
…あたしの中にも修羅がある。
エゴイストである自分を肯定して。
それでも…、
「あたしをどうしても赦せない?あたしを愛せないの?」
苦しげだった嶺の顔が引き歪んで、泣きそうな顔を琉那の髪に埋めて息を吐く。
「…愛してないわけがない。愛してるから、…俺の闇にお前を引き込みたくないんだ」
「そんなの全然嬉しいわ。嶺とだったら、地獄だって天国みたいものよ。あなたがイヤだって言ったって、どこまでも追いかけてゆく。あたしからは逃げられないのよ。だから、あなたのすべてをあたしにちょうだい。あなたの罪も、哀しみも、苦しみも全部、あたしが背負う。ただ、あなたはあたしのそばにいてくれれば、それでいい。他の何もあたしはいらない、何も望まないわ」
~Fin~ ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・
もう感激です。有り難うございます。
題名は、勝手につけさせて頂きました。
カテゴリーは、
ずっとずっともう一つの物語に独断と偏見で入れさせて頂きました。
もう昇天しそうです‥はぁっー 幸せ。
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