明日咲く花

シャアシャアシャアシャア

クマゼミが腹部を激しく動かして、けたたましく鳴いている。


その日は、暑い暑い日だった。
一歩外に出た瞬間、熱風が身体を駆け抜ける。
ユラユラと陽炎が揺れていた。


商談を終え、秘書を帰し、一人になった俺は街を彷徨っていた。

何故あんな所を一人で彷徨っていたのだろう。
親友の婚約のニュースを知り、色々な思いに駆られていたからだろうか？
そろそろ、俺も年貢の納め時か？
周りが勧めてくる見合いを、そろそろする時期にさしかかったのか‥？
そんな事をぼんやり考えていた。

いいや、違う‥‥
あの瞬間、俺の脳裏に浮かんだのは、９年前に俺らの前から姿を消した女の事だった。

脳裏に浮かんだ考えを、慌てて打ち消すように、
誰にとではなく、一人呟いていた。

「暑いなぁーー冷たいもんでも飲んでくか‥」


カランコローン
初めて入った店だった。
目の前にあったから‥普段なら入らない様な妖しげな店だった。


「兄ちゃん、注文は」
柄の悪い男が、俺にそう聞いてきた。

「アイスコーヒーを‥」

運ばれてきたアイスコーヒーは、意外な事に旨い珈琲だった。

へぇー　中々旨いじゃん　心の中で呟いた。
手帳を捲り、明日の予定を確認していた。
珍しく、ポッカリ空いた休日だった。
ふた月ぶりの何も予定の入っていない休日だった。

瞬間、何とも言えない開放感に包まれた。
目頭を押さえ、目の周りを一つ二つ揉みながら、久方ぶりの休日を、雑事に追われないようにする為、どうせならこの街に泊まるのも悪くない。そんな事を考えていた。

丁度、その時だった。


ガチャンッ
「ざけんじゃねぇよ。おっ、借りたもんを返さねぇなんてよ、間違いだって事ぐれぇ、小学生でもわかんだろうよ、、なぁっ？まぁ、身体で返してくりゃそんで構わないんだぜ」

大きな音に反応して、思わず後ろを振り返っていた。

「本当に本当に申し訳ございません‥今月ご用意出来るのは、これだけでして‥」

「じゃぁ、きちんと返して貰えるようにナシつけてやるからよぉ、ちょっと来いや」

下卑た男が、女の肩に手をかけようとした瞬間‥‥
男の手を掴んで捻り上げていた。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
この感覚‥一体何年ぶり？いいや初めての感覚かもしれない。

「テメェ　何しやがるー」
手を掴まれた男が、叫んでいた。

もう一人の男が殴りかかってくる。身をかわし、殴り返していた。
厄介事に、巻き込まれないように理性を保ち保守的に生きてきたつもりだった。

ククッ　自然と笑いが溢れる。
美作の血が騒ぐのか？　目の前の女がそうさせるのか？心が沸き立っていた。

店のマスターが、唇薄く歪めて、どこかに電話を掛けている。ウェイターが鍵を掛けている。

俺は、女を抱き寄せた。華奢な身体を震わせて、俺に抱きしめられていた。

女を抱き寄せ、微笑する俺に
「お前、どこの組のもんだ」
店のマスターが聞いてくる。

質問には答えずに
「この女の借金の額を、教えて欲しい」
そう切り出す。

「利子を含めて２千万だ」

俺は、佐伯に電話をかけて金を用意させた。
10分かからずに使いの物が、店にやってきて、
店のマスターに金を手渡している。

俺は、女を連れ店の外に出て、待っていた黒塗りの車に女を‥牧野を乗せて、その場を後にした。

偶然は、必然。誰が言った言葉だったろう？　
偶然が幾つも幾つも重なったら、それは、もう必然で宿命だ。



俺は、つくしに再び出逢ってしまった。


恋し焦がれ、閉じ込めたと思っていた思いが、
静かに静かに首を擡（もた）げ、溢れ出していた。


アスファルトから、陽炎が揺らめいでいた。




↓ランキングのご協力よろしくお願い致します♥






♥ありがとうございます。とっても嬉しいです♥

関連記事

• 被虐の花　07　 あきつく
• 被虐の花　06　 あきつく
• 被虐の花　05　 あきつく
• 被虐の花　04　 あきつく
• 被虐の花　03　 あきつく
• 被虐の花　02　 あきつく
• 被虐の花　01　R　　 あきつく