明日咲く花

誰？　
あたしは、ゆっくり振り返る。

「はじめまして、こんにちは。お母様の新しい担当の設楽です」
白衣を羽織った人が、そう名乗っている。

「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。宗谷つくしと申します。母が大変お世話になっています」
あたしは、慌てて頭を下げた。

隣でママが、気持ち良さそうに風にあたっている。
「あの‥母の具合は‥」
「この所、随分と具合が宜しいようですね」
「そうですか」
「本来なら、転院されない方が宜しいんですけどね」
設楽先生は、そう言いながら煙草を吸う。
「あっ、失礼。わかってるんですけどねーコレだけは、どうしても辞められませんでしてね」
「あっ、いえ‥大丈夫です」

幾つかの会話を交わしながら
「宗谷さん、うーん,つくしさんは、お母様を転院させるのに賛成されてるのかな？」
あたしは、曖昧に微笑み
「宗谷が‥主人が全て決めておりますので‥」
「うーーーん。そうですか。お母様は勿論、お父様の為にも、、お母様の転院は見合わせた方がいいので、後でご主人にお話させてもらおうかな」
「あっ、はい」

「では、病室までご一緒しますかね」
人懐こい笑顔で、ニッコリと笑う。

設楽先生の笑顔につられて、自然と笑みが溢れた後に
「あのぅ‥つかぬ事を伺いますが、‘設楽先生は、うちの主人の事は？」
「存じ上げておりますよ。宗谷グループの次期総帥でいらっしゃいますよね？」
「あっ、はい」
知っていて進言して下さるなんて‥‥
なんて良い人なんだろうと、設楽先生への信頼感が一気に増していく。

コンコンッ

「はい」
部屋の中から、宗谷の声がする。

あたしと共に入って来た設楽先生を、怪訝な顔で一瞬見てから
「つくし、その方はどなたかな？」

宗谷の視線などものともせずに、人懐こい笑顔を宗谷に向けながら。
「ご挨拶が遅れまして誠に申し訳ございません。
私、牧野さんの担当をさせて頂いております設楽と申します」
名刺を出しながら、挨拶を交わしている。

その横を通り抜け、あたしはママをベッドに戻し布団をかける。
「ママ‥」

宗谷と設楽先生が、隣の部屋で何やら話し込んでいる。
このままママが転院しなくても済むようにと願いながら、あたしは、部屋の窓を少し開け風を入れる。

ママの隣に腰掛けながら、手持ち無沙汰でパパの読み止しの雑誌をパラパラと捲る。
司と、いつか見た美しい女性との離婚記事に手が止まる。

「離婚したんだ‥」
あたしは小さく呟いていた‥‥


戻りたい‥司の元に戻りたい。
戻れる筈などないのに、そう願っていた。


パタンッと雑誌を閉じて目を瞑る。司の顔が浮かぶ。
あんな姿態を見せておいて戻りたいと思うなんて、あたしの頭も大概がイカレテいる。

宗谷から自由になったところで、
こんなにも汚れきった身体で、
司の所に戻りたいなんて思うなんて、虫が良過ぎる。

「つくし、こっちにおいで」
あたしを呼ぶ宗谷の声がして現実に戻される。
「はい‥‥」


「お母様の転院は、今暫く見合わせて頂きました。ご両親思いの実に優しいご主人様ですね」
設楽先生がニッコリと笑い、会釈をしながら部屋を出て行く。


設楽先生は、どんな魔法を使ったのだろう？

あたしの中に、新しい風が吹いてくる。

　この風は、あたしに何を運んでくれるのだろうか？




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