三角波 8 総つく 完
人間って、こんなに泣けるんだっていうくらいに泣いた。
午前中に、引っ越しを済ませた。
引っ越しと言っても‥自分の身体と段ボール7つの引っ越しだ。
レンタカーを借りて、新しい部屋に全てを詰め込んだ。
この部屋からは、海が見えない。波の音が聞こえない。
荷物を移動する間にも、涙は流れる。ダラダラダラダラ涙は流れる。
泣き過ぎて、夏風邪をひいた。すゞやかに電話して‥もう2、3日お休みしてもいいですか?と聞けば‥女将と、遊びに来ていた梢さんが、あたしの好きなものを沢山抱えて、新しいアパートにお見舞いに来てくれた。
エアコンさえついてない何もない部屋と、ぐしゃぐしゃの顔のあたし。
「つくしちゃん‥悪いけど、もう一度引っ越し」
えっ?と言う間もなく‥女将の家に引っ越す事が決まっていた。
「住み込みみたいで申し訳ないけど、いいよね?」
返事をする前に熱と疲労と暑さで、熱中症になっていたあたしは‥倒れたらしい。
目覚めた時、女将と梢さん、慌てて駆けつけたママとパパにしこたま怒られた。
女将さんとママ達が何やら話しているのを、眠りの中で聞いていた。
ママが驚いた顔をしながら盛んに
「…そう言う事でしたら‥お願いします」
そんな風に、頭を下げていた気がする。
念の為に2日程入院してから、女将の家に戻った。
淡々と日々が過ぎて行く。
変わったのは、女将の元で生活を開始したのと、西門さんと会わなくなった事くらいだ。
西門さんと会わなくなって、気が付いた事が2つ。
一つ目は
他の男に抱かれたいと言う欲求が、劣情が、とうの昔に消え失せていたと言う事。
二つ目は
香道に、茶道に‥心を奪われたのは、西門さんの影響だったんだと改めて思い知ったこと。
彼を失っても、なんとか立ち直れたのは、香道が茶道があったお陰だろう。
彼を愛することによって、あたしの核が出来上がった。
揺るがない核が、今のあたしを支えてくれている。
年が明け幾日が過ぎた頃、
話があるから奥の座敷にと言われ、訪れてみれば‥いつの間に来たのか、パパとママが居て‥驚いているあたしに‥
「つくしちゃん、私達の養女になってもらえないかしら?既にご両親には、話させて頂いたのだけど‥」
女将さん夫婦には、子供がいない。一人っ子同士の結婚で、姪や甥もいない。ご主人の会社は、社の優秀な者に任す事が出来たとしても、自分が大切にして来た すゞやか を他人に任すのは忍びない。
出来るものなら、自分達の娘になって、すゞやかを継いで欲しいと頼まれた。
暮らしは何も変わらないからと懇願され、春が来る頃、正式に女将さん夫婦の娘になった。
季節は移り、もうじきこの街にやってきて、3度目の夏がやって来る。
「お母さーん、梢さんとの待ち合わせ時間に遅刻しますよ」
「はいはい」
「お母さん、はいは」
「1回だったわね」
勢さんが、主催される茶会に正客として、養父母と共に呼ばれたのだ。
迎えの車に乗り込み、勢さんの屋敷に向かった。車の揺れに身を任せていたら、連日の疲れもあって、いつの間にかコクリコクリと眠っていた。
「つくしちゃん、着いたわよ」
パチリと目を開けて、あまりのお邸の大きさにビックリする。
「裏門からのが近いから、いつもこっちからなんだけど、正門に回るともっと立派で驚くわよ」
なんて事を涼し気に話す。
裏木戸を潜り、呼び鈴を押せば、梢さんがにこやかに待っている。
「あら、綺麗。うふふっ」
ご機嫌な梢さんの後について歩く。梢さんがくるりとあたしに振り向いて
「そうそう、今日はお茶会の前にお見合いなのよ」
お見合い?誰のお見合いなんだろう?
養母の顔を見る。ニッコリと笑ってあたしを見てる。
へっ? あたし?
「梢ちゃんの息子が、つくしに惚れたみたいでね。どうしてもと懇願されただけだから。嫌なら断っていいのよ」
えっ‥やっぱりあたし?
あたしに惚れてる?梢さんの息子さんが?
ってか‥‥
梢さんの息子さん?どこで会ったけ?
えっ?もしや‥どこかでオイタした相手?
いやっそれは‥こ、こ、困るよね?
頭の中を沢山の?が飛び交う。
梢さんが、ゆっくりと振り向いて
「つくしちゃんが娘になって、爽ちゃんとも親戚になれたらなんて…夢のようで嬉しいけど、嫌なら断っても構わないからね。ただ…愚息なんだけど根は優しいのよ。この頃は随分と素行もいいみたいだしね。それに親が言うのもなんだけど…とびきりのハンサムで、将来有望よ」
はんなりと微笑んで、あたしに言う。
頷きながら…好条件だけど‥食指が動かないって言ったら嘘になるけど‥なんてお断りしようそんなことだけを考えていた。
襖が開かれた瞬間‥‥
美しい悪魔が‥ううん‥愛しい男が微笑んでいた。
あたしは、総と恋におちる。
周りに祝福された恋におちる。
完


♥ありがとうございます。とっても嬉しいです♥
三角波に最後までお付き合いありがとうございました。
予想通りの結末になりましたでしょうか?それとも?
総ちゃん側からの感情は、是非妄想してみてください。
多分ですが(笑)
3年の月日は、計算済みだと思います。
きっと、お式には‥キタも呼ばれて、
美しいつくしを見て、
ほろ苦い想いを抱えながらバンバンと背を叩く筈です♡
asuhana