夏だから 類つく
手でパタパタと顔を扇ぎながら、机に打っ臥している。
パタパタとしていた音が消え‥た?っん?
読みかけの本から顔をあげれば、
あははっ‥幸せそうな顔で俯せのまま寝ている。
気持ち良さそうな寝顔を見ていたら‥いつの間にか俺も微睡んでいた。
カァーッ カァッー 日が暮れてようやくカラスも活動を始めたのか、鳴いている。
それにしては、やけに近いなぁー
ゆっくりと顔を上げれば‥
「カァッー カァッー」
カラスの鳴き真似中の牧野と目があった。
「えへへっ 中々上手でしょ?」
はいはい、上手ですね。うん上手です。
‥でも俺、眠いや‥
「ダメダメ、類もう起きて」
「っん?なんで」
「なんでじゃなくて、あと5分で閉館時間だよ」
あはっ、じゃぁ‥あと5分‥だめ?とばかりに牧野を見れば
「類、起きないんなら置いてくよ」
「あい」
眠い目をこすりながら、牧野と2人並んで歩く。
夏の6時は、まだまだ明るい。
「ねっ」
「ねっ」
2人で顔を見合わせて‥頷き合う。
社会人になった俺と牧野の密かな夏の楽しみは‥ビアガーデン巡りだ。
恋を葬ったあの日から、俺の心は穏やかに時を刻み出した。
牧野と司が別れても、動揺しないでいられるくらいに。
司と別れたから、次は俺‥。牧野が、そんなに器用じゃない事くらい、百も承知だ。
いや違う。本気で恋したら、そんな事関係ない程に、熱い心を持っているのが、牧野‥かな‥
「ねぇ、ねぇ、今日はどこにする?このさぁ、抹茶ビールっていうのも魅力的じゃない?ソファーでお肉のミーツボートも捨て難いし、ビールと言えば、エビスも捨て難いしなぁー‥」
「元町に行くっていうのもありだよ?」
「はぁっーー、悩むねぇーうーん あっ!デザート食べ放題ビアガーデンもあるよね。足を伸ばして、海の家ビアガーデンなんていうのもあるよね‥」
人生の一大事とばかりに、雑誌片手に眉間に皺寄せて考え込んでいる。なんか、長くなりそうだから、手すりに凭れ掛かりながら、牧野を見てた。
芳紀まさに23歳社会人2年目の夏‥なのに‥てんで変わらず。牧野は牧野だ。
「あっ、類、ちゃんと考えてよね。もぉっ、ちょっと気を抜くと直ぐに寝ちゃうんだから」
ぷっ、直ぐに寝ちゃうのは、牧野も一緒だよね?
「何か言いたそうですが、あたしより類のが寝坊助だからね」
あれ?聞こえたなんてぐらい絶妙に言い返して来て、えへんっとばかりに、偉そうにふんぞり返ってる。
「牧野、あんた‥面白過ぎ」
プクゥ〜と膨れて‥
「あたしは、普通です」
いやいや、あんたみたいなの中々いない。いやあんた一人だけだよ。
「で、決まったの?」
「ここは?歩いて15分くらいだから、歩きながらビール喉にしようよ」
「ビール喉?」
「うん。ビール喉。喉がビールを欲してまーすって感じ?」
それは‥どんな感じ?なんて聞く暇もなく‥次から次へと話が沸いて来る。
牧野つくし‥大演説会のように。身振り手振りをつけながら。
店まで、あと5分だった。
ド、ド、ドーンと言う雷の音と共に、ポツンポツンと大粒の雨が降って来た。
「あっ、雨」
手を繋いで、俺等は走った。
ザッザーザ、ザザと、ゲリラ豪雨が降って来た。
走ってるのが、無駄なくらいに‥一瞬で上から下まで水浸し。
「走っても無駄って感じ?」
「‥だね」
手を繋いだまま、2人で歩いた。
ビアガーデンを通り過ぎ‥それでも2人で何も話さずに手を繋ぎ歩いた。
いつの間にか‥雨が上がっている。だけど2人の手は繋がれたままだ。
繋がれた指先から、ふつふつと熱情が蘇る。
立ち止まり‥牧野を抱きしめていた。雨に濡れた姿が、劣情を誘う。
夏だから‥もう一度、熱に浮かれてみよう。


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