un secret ~秘密~ 第9話 written by オダワラアキ
走る車の窓から景色を見ることで、つくしの言葉1つで沸いた頭を何とか冷やす。
俺をイラつかせるのも、喜ばせるのもあんただけなんだーーー。
「類…どうかしたの?」
「具合でも悪いの?」
残念だけど、どれも違う。
どうして伝わらないんだろう。
俺が笑い掛けるのも、手を繋ぐのもあんただけなんだ。
態度で言葉で好きだと伝えているはずなのに、いつまで俺は困った時の花沢類でいればいい?
しかし、きっと今は傷付けることしか言えないと分かるから、口を噤む他なかった。
何も語らない俺のせいで、不安そうな顔をさせているのだと分かっていても。
俺のこと、少しは気にしてくれていると思っていたのも、勘違いだったのかな。
傷付けるつもりなんかない、泣かせたいわけでもないのに、いつもと同じ、肩が触れ合いそうな後部座席の距離が、今日はとても遠く感じる。
隣に座るつくしが小さく息を吐き、それ以上は邸に着くまで互いに言葉を掛けることはなかった。
*
「おかえりなさいませ。あ、牧野様…ご無沙汰致しております」
いつもと同じように恭しく頭を下げる使用人がつくしを見て相好を崩すが、類が手を強く引いて歩くことに心配そうに眉を寄せた。
花沢家に長年仕えている使用人だ、類の機嫌の悪さも、その原因がどこにあるのかも分かっているのだろう。
「あ、お、お邪魔します…っ」
「部屋には誰も来ないで」
一言そう告げると、振り返ることもなく歩き出した。
廊下ですれ違った、いつもなら必ず立ち止まって話をするくらい仲の良い使用人も、類の殺伐とした雰囲気に言葉を失い、ただ心配そうにつくしを見ていた。
「入って」
類が自室のドアを開けると、つくしの肩を抱くように部屋へと促した。
車の中から今まで一度も目を合わせないままであったが、今つくしがどんな表情をしているのか、類には手に取るように分かってしまう。
つくしが邸に来るようになってから、類の部屋には物が増えた。
と言っても、広すぎて閑散としているのは変わらず、テレビにベッド、机と椅子の他に、つくしが勉強するための椅子と、イタリア製のティーテーブルぐらいであった。
しかし座る場所がなく、大体はベッドに2人腰掛けて話していたのだが、類が敢えてソファを置かなかったことを、きっとつくしは気付いていない。
そして今日も、当たり前のようにベッドに座る。
「あんたにとって…俺は友達?」
類もつくしの隣に腰掛ける。
腕が触れ腰を抱いても、つくしは頬を染めるもののキョトンと不思議そうに見上げてくるのだから、本当にタチが悪い。
あんたのこと揶揄いたくて、こんなことしてると思ってるんだろ?
「みんな…友達だよ…っ、みんな好きだしっ、桜子が言うみたいなこと、あたしには分かんないっ」
つくしが顔を真っ赤にして、考えたくないのだと言うように首を振った。
「三条が言うみたいって何?」
「……誰か1人を選べって」
つくしは俯きがちに答えると、落ち着かないのか足をベッドの下でブラブラさせる。
「俺とこうしてるのは、嫌じゃない?」
類がつくしの腰に回した手に力を込めると、つくしの身体がピクッと動いたのが触れ合った場所から伝わるが、それが拒絶ではなさそうでホッとする。
「嫌じゃ…ないよ」
「じゃあ…もう少しだけ…」
つくしを腕の中に抱き締めると、緊張からか身体が強張っているように感じるが、やはり見上げてくる表情はどこまでも、類を信じきった曇りのない瞳だ。
「類…?」
「壊してやりたくなるよ…」
つくしの身体は、ほんの少し力を入れるだけで折れてしまいそうなほど小さくて細くて、いい人ぶって側にいたがずっとこうしたかったのだと類は改めて思い知る。
「な、に…変だよ…ちょっ…ん…」
抱き締めた身体に体重をかけると、受け止めきれなかったつくしは、ベッドに倒れ込んだ。
類が覆い被さる形で、そのまま唇を塞ぐ。
そんな類の行動は、つくしにとっては思いもよらないことであったのだろう。
大きな黒い瞳は驚愕で満ち溢れていて、類を受け入れているというよりかは、何が起こっているのか分からないと言った方が正しいのかもしれない。
「ん…ふっ、はぁっ…」
類は深く口腔内を蹂躙するように、つくしの舌を絡め取る。
経験したことのない身体がザワザワするような感覚に、つくしが拒否反応を示し類の胸をグッと押す。
「拒まないで…」
類は悲しそうに顔を歪ませると、優しく額、頬に触れるだけのキスを送り、頬を包むように触れた。
再び唇を重ねると、つくしは身体の力を抜きただジッとそれを受け入れた。
「ん…っ、る、い」
息苦しさから半開きになった口の隙間から舌を滑り込ませ、歯列をなぞり大きく口を開けさせる。
ギュッと類のシャツを掴んだつくしの手を外させ、自身の手と絡ませた。
どちらのものなのか、少しだけ汗ばんだ手が、これは夢にまで見た現実なのだと教えてくれる。
「ふっ…はぁ…ん」
唇の隙間から漏れ聞こえる、チュ、チュと唾液と舌の絡まる音と、切ないようなつくしの喘ぎ声が類を煽り身体に熱が籠る。
触れ合い熱くなった自身の身体を感じてくれればいいと思う。
こんなにも、あんたが欲しいんだと。
つくしの足を開かせ、類は下半身を押し付けるように足の間に身体を重ねる。
ビクッと大きく震えた足が、恐怖によるものなのか、快感によるものなのか。
後者であればいいと願う。
吊り橋効果でもいい…つい数時間前、2人で味わった恐怖を恋だと勘違いしたとしても。
それでもいいと思えるくらい、あんたのことが好きなんだーーー。
何度目かの唇へのキスを送ると、つくしの目尻から涙がこぼれ落ちる。
類はゆっくりと唇を離し、次々と溢れる涙を指で拭った。
しかし、眉を寄せ声を上げるでもなく涙を流し続けるその表情が、今まで見たことがないくらいに辛そうで悲しそうで、次の言葉を聞くのが怖くなった。
そんな顔をさせたかったわけじゃない。
俺が幸せにしたかったんだ。
笑っていて欲しかったんだーーー。
でも、今の関係を壊すことを望んだのは俺自身。
これであんたは、答えを出さずにはいられないだろ。
「類…ごめんね…」
類の真っ直ぐな瞳を見ることなく、つくしは呆然と呟いた。
*
つくしは、類の部屋から逃げるように走り出した。
元々振りほどけない程の力で抱き締められていたわけではないから、ベッドからはすぐに降りることが出来た。
泣きながら廊下を走るつくしを、何人もの使用人が声をかけられないまま見送る。
門の外に出ると、ずっと堪えていたものが溢れ出すように、涙と共に声にならない息を吐き出した。
「ふぅっ………ふぇ…」
何故涙が出るのかも、自分自身の気持ちもつくしには全く分からなかった。
ただ、1つ気が付いたことは、あやふやなつくしの態度が類を怒らせ、そして悲しませたのだということだけ。
桜子から雑誌を見せられた時、総二郎から好きだと言われた時、司に会いたかったと言われた時も、まだどこか他人事ではなかったかーーー。
司とのことが、つくしを恋に臆病にさせたのかもしれない。
答えを出さなければ、友人でいられる、そんな考えがあった。
つくしはみんなが好きだった…だから、壊したくなかったのだ。
ずっと…ずっとこのままでいいじゃないかと思っていた。
抑えられない涙が頬を伝いアスファルトを濡らしていく。
どこをどう歩いているのかも分からずに、ゆっくりと歩みを進めていると、長身の影がつくしの影と重なった。
「牧野?」

俺をイラつかせるのも、喜ばせるのもあんただけなんだーーー。
「類…どうかしたの?」
「具合でも悪いの?」
残念だけど、どれも違う。
どうして伝わらないんだろう。
俺が笑い掛けるのも、手を繋ぐのもあんただけなんだ。
態度で言葉で好きだと伝えているはずなのに、いつまで俺は困った時の花沢類でいればいい?
しかし、きっと今は傷付けることしか言えないと分かるから、口を噤む他なかった。
何も語らない俺のせいで、不安そうな顔をさせているのだと分かっていても。
俺のこと、少しは気にしてくれていると思っていたのも、勘違いだったのかな。
傷付けるつもりなんかない、泣かせたいわけでもないのに、いつもと同じ、肩が触れ合いそうな後部座席の距離が、今日はとても遠く感じる。
隣に座るつくしが小さく息を吐き、それ以上は邸に着くまで互いに言葉を掛けることはなかった。
*
「おかえりなさいませ。あ、牧野様…ご無沙汰致しております」
いつもと同じように恭しく頭を下げる使用人がつくしを見て相好を崩すが、類が手を強く引いて歩くことに心配そうに眉を寄せた。
花沢家に長年仕えている使用人だ、類の機嫌の悪さも、その原因がどこにあるのかも分かっているのだろう。
「あ、お、お邪魔します…っ」
「部屋には誰も来ないで」
一言そう告げると、振り返ることもなく歩き出した。
廊下ですれ違った、いつもなら必ず立ち止まって話をするくらい仲の良い使用人も、類の殺伐とした雰囲気に言葉を失い、ただ心配そうにつくしを見ていた。
「入って」
類が自室のドアを開けると、つくしの肩を抱くように部屋へと促した。
車の中から今まで一度も目を合わせないままであったが、今つくしがどんな表情をしているのか、類には手に取るように分かってしまう。
つくしが邸に来るようになってから、類の部屋には物が増えた。
と言っても、広すぎて閑散としているのは変わらず、テレビにベッド、机と椅子の他に、つくしが勉強するための椅子と、イタリア製のティーテーブルぐらいであった。
しかし座る場所がなく、大体はベッドに2人腰掛けて話していたのだが、類が敢えてソファを置かなかったことを、きっとつくしは気付いていない。
そして今日も、当たり前のようにベッドに座る。
「あんたにとって…俺は友達?」
類もつくしの隣に腰掛ける。
腕が触れ腰を抱いても、つくしは頬を染めるもののキョトンと不思議そうに見上げてくるのだから、本当にタチが悪い。
あんたのこと揶揄いたくて、こんなことしてると思ってるんだろ?
「みんな…友達だよ…っ、みんな好きだしっ、桜子が言うみたいなこと、あたしには分かんないっ」
つくしが顔を真っ赤にして、考えたくないのだと言うように首を振った。
「三条が言うみたいって何?」
「……誰か1人を選べって」
つくしは俯きがちに答えると、落ち着かないのか足をベッドの下でブラブラさせる。
「俺とこうしてるのは、嫌じゃない?」
類がつくしの腰に回した手に力を込めると、つくしの身体がピクッと動いたのが触れ合った場所から伝わるが、それが拒絶ではなさそうでホッとする。
「嫌じゃ…ないよ」
「じゃあ…もう少しだけ…」
つくしを腕の中に抱き締めると、緊張からか身体が強張っているように感じるが、やはり見上げてくる表情はどこまでも、類を信じきった曇りのない瞳だ。
「類…?」
「壊してやりたくなるよ…」
つくしの身体は、ほんの少し力を入れるだけで折れてしまいそうなほど小さくて細くて、いい人ぶって側にいたがずっとこうしたかったのだと類は改めて思い知る。
「な、に…変だよ…ちょっ…ん…」
抱き締めた身体に体重をかけると、受け止めきれなかったつくしは、ベッドに倒れ込んだ。
類が覆い被さる形で、そのまま唇を塞ぐ。
そんな類の行動は、つくしにとっては思いもよらないことであったのだろう。
大きな黒い瞳は驚愕で満ち溢れていて、類を受け入れているというよりかは、何が起こっているのか分からないと言った方が正しいのかもしれない。
「ん…ふっ、はぁっ…」
類は深く口腔内を蹂躙するように、つくしの舌を絡め取る。
経験したことのない身体がザワザワするような感覚に、つくしが拒否反応を示し類の胸をグッと押す。
「拒まないで…」
類は悲しそうに顔を歪ませると、優しく額、頬に触れるだけのキスを送り、頬を包むように触れた。
再び唇を重ねると、つくしは身体の力を抜きただジッとそれを受け入れた。
「ん…っ、る、い」
息苦しさから半開きになった口の隙間から舌を滑り込ませ、歯列をなぞり大きく口を開けさせる。
ギュッと類のシャツを掴んだつくしの手を外させ、自身の手と絡ませた。
どちらのものなのか、少しだけ汗ばんだ手が、これは夢にまで見た現実なのだと教えてくれる。
「ふっ…はぁ…ん」
唇の隙間から漏れ聞こえる、チュ、チュと唾液と舌の絡まる音と、切ないようなつくしの喘ぎ声が類を煽り身体に熱が籠る。
触れ合い熱くなった自身の身体を感じてくれればいいと思う。
こんなにも、あんたが欲しいんだと。
つくしの足を開かせ、類は下半身を押し付けるように足の間に身体を重ねる。
ビクッと大きく震えた足が、恐怖によるものなのか、快感によるものなのか。
後者であればいいと願う。
吊り橋効果でもいい…つい数時間前、2人で味わった恐怖を恋だと勘違いしたとしても。
それでもいいと思えるくらい、あんたのことが好きなんだーーー。
何度目かの唇へのキスを送ると、つくしの目尻から涙がこぼれ落ちる。
類はゆっくりと唇を離し、次々と溢れる涙を指で拭った。
しかし、眉を寄せ声を上げるでもなく涙を流し続けるその表情が、今まで見たことがないくらいに辛そうで悲しそうで、次の言葉を聞くのが怖くなった。
そんな顔をさせたかったわけじゃない。
俺が幸せにしたかったんだ。
笑っていて欲しかったんだーーー。
でも、今の関係を壊すことを望んだのは俺自身。
これであんたは、答えを出さずにはいられないだろ。
「類…ごめんね…」
類の真っ直ぐな瞳を見ることなく、つくしは呆然と呟いた。
*
つくしは、類の部屋から逃げるように走り出した。
元々振りほどけない程の力で抱き締められていたわけではないから、ベッドからはすぐに降りることが出来た。
泣きながら廊下を走るつくしを、何人もの使用人が声をかけられないまま見送る。
門の外に出ると、ずっと堪えていたものが溢れ出すように、涙と共に声にならない息を吐き出した。
「ふぅっ………ふぇ…」
何故涙が出るのかも、自分自身の気持ちもつくしには全く分からなかった。
ただ、1つ気が付いたことは、あやふやなつくしの態度が類を怒らせ、そして悲しませたのだということだけ。
桜子から雑誌を見せられた時、総二郎から好きだと言われた時、司に会いたかったと言われた時も、まだどこか他人事ではなかったかーーー。
司とのことが、つくしを恋に臆病にさせたのかもしれない。
答えを出さなければ、友人でいられる、そんな考えがあった。
つくしはみんなが好きだった…だから、壊したくなかったのだ。
ずっと…ずっとこのままでいいじゃないかと思っていた。
抑えられない涙が頬を伝いアスファルトを濡らしていく。
どこをどう歩いているのかも分からずに、ゆっくりと歩みを進めていると、長身の影がつくしの影と重なった。
「牧野?」

- 関連記事
スポンサーサイト