明日咲く花

花より男子の2次小説になります。

un secret ~秘密~ 最終話 蜜柑一房 ver.

カラン…

木の扉を開くとドアに付けられたベルが懐かしい音を鳴らす。
中に入ると、ずいぶん前に古いスナックを買い取って作った、カクテル作りが趣味の親友好みの内装で作ったバーは、相も変わらずセンスのいい空間が広がっていた。

「__久しぶり」

類があきらの隠れ家に久々に訪れると、あきらはカウンターの内側で酒の瓶を並べ変えたり、飽きもせず細々とした作業に没頭していた。

「あきらの物好きもここまでくると本物だよね・・別に営業しているわけでもないんでしょ?」

「…ま、そうかもしれねぇな。」

類がカウンターのスツールに腰を掛け、キョロキョロと辺りを見回しながら呟く言葉に、カウンターの中のあきらも口元だけで小さく笑って肯定する。

「なんか呑むか?」

あきらはカクテルグラスを布巾で、キュッキュッと音を立てて拭きながらチラっと類に視線を送る。

「ん…XYZ?」
「・・・」

類はカウンターの内側の親友の表情を確認する。

_が、若い時分ならいざ知らず、今や美作商事の経営者として手腕を振るうあきらの表情からはどんな感情も読み取れない筈だが……

「相変わらず、嫌な野郎だな…」

あきらが苦笑いとともに吐いた言葉に、あの時のことが思い起こされた。

類の家を飛び出した牧野が、あきらに伴われて司の家に現れたあの日__、

牧野は司に別れを告げ、結局誰のことも選ばなかった…。

だが__

結果、牧野は俺を選んでくれた。

類はカウンターの内側で複雑な表情で氷を砕く、親友の横顔を盗み見る。

_あきらには、あの日からずっと感謝していた。

本人にはそんな意図は全くなかっただろうが、結果、俺と牧野を結びつけてくれたのはあきらかもしれない。

ま、そんな事は一生言うつもりないけどね…。

**

司の家で、豪快に俺たちからの宣戦布告を彼女が受けて立ったあの日から…

すぐに、俺と牧野の間は何事もなかったかのように、普段通りの関係に戻っていった。

司や総二郎達が、彼女の関心を引こうとあの手この手でアプローチするのを尻目に、俺は逆に自分の気持ちをしまいこんでいったんだ・・。

_あの日・・

俺の軽率な振る舞いで牧野を泣かせてしまったから。

牧野の笑顔だけが見たかった俺なのに……吊り橋効果なのかな?答えを急いでしまった。

衝動が収まってしまえば、結局いつも通りの自分がいて…やっぱり収まりのいい場所、「心の一部」という安易な場所に舞い戻ってしまったんだ。

だけど・・

あの日は、なんでもない普通の日だったと思う。

暑くも寒くもない、雨でも曇りでもない、どんな日だったか思い出せないくらい変凡な日。

_でも、俺にとっては生涯忘れる事ができない…特別な一日になったあの日。

花沢物産の次期後継者として怒涛の毎日を送っていた俺は、普段なら日付が変わる頃にやっと帰宅するような生活を送っていた。

だが、その日はたまたま夜の会食の予定がなくなり、普段だったら考えられないような時間に帰宅していた。

たまたま__

_まさに神の采配とでも言うのだろうか…?その時点で既に特別な一日だったのかもしれない…今考えると。

重たいスーツを脱ぎ捨て、サッとシャワーで汗を流して部屋に戻ると、ベッドサイドに投げたスマートフォンをチェックする。

ディスプレイには牧野からの着信の表示。

_どうしたんだろう?こんな時間に珍しいな。

俺は不思議に思いながらも、久しぶりの牧野からの電話に、速攻スマートフォンを操作して履歴から番号をタップした。次の瞬間…向こうからも着信があったのだろうか…すぐに通話になった。

そんな偶然にも気持ちが通じ合っているみたいで、内心言うに言われぬ喜びが込み上げてくる。

「牧野?珍しいね、こんな時間に」

俺は緩む頬を引き締め、何気ない風に尋ねると、牧野は外にいるのだろうか?ざわざわとした風の音をバックに、少しだけ緊張したような声音で思いがけないことを言い出した。

『類、今からお屋敷に行ってもいい?』

「もちろん、大丈夫だけど…どうしたの?何かあった?」

『……会って話がしたいの』

そう言う牧野の言葉尻は、電話越しでもどこか震えていて…ただ事ではない何かを思わせた。

その時……

牧野が俺のせいで拉致されてしまったあの日の情景が脳裏に浮かび、恐怖で心臓がぎゅっと鷲掴みされたように苦しくなった。

「今から迎えに行く…居場所を教えて」

内心、場所など言えるような状況ではないかもしれない・・そう思いながら祈るような気持ちで尋ねると、

「類のお屋敷の前に居るの…」

「_え?」

俺の想像を遥かに超えた答えが帰ってきて思わず口籠ってしまう。すると、牧野は慌てた様子で電話を切ろうとした。

「ご、ごめんね、突然きちゃって……こんな時間に迷惑だよね?…か、帰るから気にしないで…!」

「ま、待って!すぐに出て行くから、そこを動かないで!!」

その言葉に俺は、反射的に牧野を引き留め、携帯を握りしめたまま牧野が待つ門邸目掛けて急いだ。

_牧野…何があったんだ・・っ

普段は、そう広い屋敷だとは思っていなかったが、今日に限っては気が遠くなる程長く感じる廊下を走り抜け、ようやく見えてきた門の外に、キョドキョドと頼りない様子で屋敷を伺う牧野の姿が見えた瞬間大声で叫ぶ。

「牧野っ!!」

俺の声に牧野はすぐに振り返り、不思議そうな表情をした。

「_る、るい!?…そんなに走ってどーしたの?」

心配のあまり勢いよく飛び出した俺に掛けられた言葉は、拍子抜けするほどのんびりしていて、

_ハァハァハァ・・

全速力でダッシュした俺は思わず、険のこもった言い方をしてしまう。

「こんな時間に、あんな深刻な言い方されたら誰だって……」

_心配する。

そう言いかけて、見上げた牧野の表情に言葉が止まった。

牧野は、今にも泣き出しそうな、真っ赤な潤んだ瞳で俺を見つめていて・・どこか切羽詰まったような様子だったんだ・・。

「…何かあった?」

「・・・」

俺はそれまでの憤りがスーッと流れ、優しくいたわるように声をかけると、牧野は何も言わずふるふると首を振った。

「とにかく、こんなところで立ち話もなんだから…部屋に来る?」

俺は一瞬だけ躊躇ったが、牧野を部屋に誘ってみる。

_あの日以来、二人の時に部屋に入れる事はなかった。別に意識していたわけではない…ただ、再び断られ、拒絶されるのが怖かっただけ。

「_う、うん…ありがとう」

牧野は一瞬だけ表情を強張らせたが、コクコクと頷き、思いの外素直に従った。

**

来客層のソファーすら置いてない俺の部屋で、座るところといえばベッドしかなく・・自然と二人並んでベッドに腰をかける。

「それで、こんな時間に……何かあった?」

俺がかけた言葉に、神妙な顔で俯いていた牧野の肩がビクリと大きく震える__。

「…牧野?」

その様子が、やっぱりいつもと違っていて、その表情をよく見ようとそっと頬に手をかけ上を向かせると、牧野は真っ赤に頬を染めて、いつもは強い意志を宿して輝いている瞳が、ゆらゆらと頼りなく揺れていた。

「何かあったのか」

と、もう一度尋ねようと口を開きかけた時、

「あ…あのね、あの日…ここで、類から逃げちゃったあの日……ね」

お互いの間で、なんとなく禁句になっていたあの日の話を、牧野が唐突に語り出した。

あの日、俺の腕から逃れ屋敷を飛び出した牧野は、いつまで待っても現れない俺たちを心配したあきらに保護された。

そして、あきらは自身が所有するマンションに場所を移し、牧野が落ち着くまで何も聞かず、食事や風呂の世話をしてやったという。

_ホント、あきららしいよな・・

そして、俺がつけたキスマーク気がついたあきらが、確認するように牧野に言った言葉が俺とあきらの命運を分けたんだ。

牧野がつっかえつっかえ語る言葉を、俺は早く先を知りたいと逸る気持ちを抑えながら、只々黙って聞いていた。

「お前はどうしたい?もう類に会いたくないか?って、美作さんに聞かれたの…それで……」
「うん…」
「その時から、ずっとずっと、類の事が心に掛かっていたのかもしれない……」
「_え?」
「あたし、類の事が好き・・・」

_牧野の思いがけない言葉に、意味がうまく飲み込めず、咄嗟に反応することができない。

_けれど、見下ろした先の表情は、言葉よりも雄弁に気持ちを語っていて……

「類はもう、あたしの事なんてなんとも思っていないかもしれないけれど……きゃっ」

「牧野__っ!」

牧野が最後まで話し終わるのも待てず、手を伸ばして腕に閉じ込めた__。

「…今の言葉、本当?」

そう尋ねる俺の声はみっともないほど震えていて・・

牧野が次に言う言葉を待っている姿は、傍目にはかなり滑稽だっただろう。

そんな俺の気持ちが伝わったのか、きつく抱きしめた腕の中の牧野がコクコクと頷くのを感じた__

「…もう一回言って」

「え…?」

なんども確認するなんて、かなりかっこ悪いし、情けなかったと我ながら呆れてしまう。

だけど__

「_る、類のことが好‥き……っ」

自分で言わせたくせに、恥ずかしそうな表情で牧野が紡いだ言葉を最後まで聞かず唇で塞ぎ飲み込んだ。

「んん……」

唇を食むように何度も啄ばみ、抑えきれない激情のままに舌をねじ込むと、 牧野の細い身体を掻き抱き深く深く口付けていく。

舌先で愛撫するように口腔内を舐め回し、怯えて逃げ出そうとする牧野の舌を捕まえて絡め取った。

_もう逃がさない。

拙い仕草で必死に応えようとしてくる牧野の可愛い動きに煽られて、なにも考えられなくなる。

「_んん・・・ふ・・ぅ」

息つく暇も与えぬ激しいキスの合間に、牧野が苦しそうに漏らす声ですら欲情しているように感じて、そのまま体重をかけてベッドに押し倒した。

「_牧野…好きだよ。あんたのことがずっと好きだった」

「_る、い…」

両腕をベッドに縫いとめるように組み敷き、見下ろした牧野の表情は、いつも見慣れている元気いっぱいな少女の仮面が剥がれ、濡れたような女の貌を垣間見せていて__、

_この女が欲しい、抱きたい。

…今まで感じたことがないほどの野蛮な欲情が腹の底から湧き上がってくるのを感じた。

「…もう、我慢できない。今すぐ欲しい…!」

「__えぇ!?///」

そして、気持ちのままに牧野を自分のものにした。

**

_あれから20年も経ったのか・・

あの日、腕に閉じ込めた牧野を組み敷き、夢中で抱いてしまった。

自分でも訳がわからなかった__。

譫言のように、好きだ、愛してると、何度も囁き、初めての彼女をいたわる事もできず、長年の想いを吐き出すように一晩中抱き続けた。

_そんな俺を、牧野の…いや、つくしの暖かな白い腕は、許し、慰めるように一晩中優しく包んでくれた。

その手のぬくもりを20年経った今でもしっかりと覚えている。

当時の事を思い出し、ぼんやりとしてしまった俺の前に、いつの間に作ったのだろうか・・

「_ほらよ。XYZだ……」

あきらはそう言いながら乳白色のカクテルを差し出した。

XYZ

酒言葉は確か__

永遠にあなたのもの…だったかな。

司の屋敷で、あきらが熱のこもった眼差しでこの酒を牧野に渡したのを俺はどんな気持ちで見ていたんだっけ……

「・・・」

類の口元が悪戯っぽくニヤリと歪む。

_そう言えば、あきらには借りを返すの忘れてたね。

「何これ?…俺は、社会の窓が開いているって言ったんだけど」

「_は?」

あきらが言葉を詰まらせて視線を下ろしズボンを確認すると、

そこはしっかり閉じられていると思いきや……あちらの世界が覗いていた。

「_XYZ…あきらでもこんなことあるんだね」

「類…てめぇ」


Fin


XYZ——Examine your zipper(ズボンのジッパーが開いている)




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