un secret ~秘密~ 最終話 星香ver
【注意書き】
ここの回は暴力的表現が若干出てきます。
苦手な方は、ご注意、ご判断のうえ、お読み下さい。
目まぐるしい数日間の出来事のあと…
相当な破壊活動をした筈の司が捕まることは勿論無く、つくしや類が拉致された事もニュースにならない。
と、同時に、北川原の名も表から消える。
つくしは不思議に思ったのだが、「知らない方が良いこともある」の一言で終了となった。
こうして戻ってきた日常。
否、それは少し異なる。同じようで同じではない毎日。
宣戦布告をしたF4とつくしの間は、少しずつだが変わってきている。
このままいけば、つくしは4人の中の誰かを選ぶのだろう。
誰を選んでも後悔などしない。
けれど…
-追い詰められている…?
彼等は決して、強引な手段を取っている訳では無い。
なのに、ふと気付くとそんな思いに囚われる。
何故なのか、自分自身もよく判らないまま過ごしていたある日。
ふらりと1人、滅多に行くことがないバーに足を踏み入れる。
静かな、落ち着いた店内。
カウンターに着くと、マスターが飲み物を尋ねて来る。
「……XYZをお願いします……」
注文したのは、あの日あきらが作ってくれたカクテル。
差し出されたグラスに口を付ける。
「…恋にお悩みですか?」
人の良さそうな、頭の半分以上に白いものが混じるマスターが、穏やかに尋ねて来る。
「…えっと…?」
どう返していいものか迷うつくしに、にこりと笑いかける。
「そのカクテルの酒言葉、ご存じですか?」
「ええ。…確か、『永遠にあなたのもの』…ですよね?」
あの時聞いた言葉を繰り返すと、マスターは頷く。
「そうですね。ですがもう一つ、別の意味もあります」
「…別…?」
マスターが父親に近い、でももっと落ち着いた雰囲気を持つせいだからだろうか?
特に警戒心も持たず、次の言葉を尋ねる。
「はい。『XYZ』アルファベット最後の3文字。これでお終い。
だから『もう後はない』という意味もあるんですよ」
「もう…後は…ない…?」
こくりとマスターが頷く。
「何か思い悩まれているようでしたので…。
これを飲まれて、覚悟を決めるおつもりなのか…と、思いましたものでね。
否、老人の戯言とお聞き流し下さい」
軽く会釈をすると、マスターは自分の仕事に戻る。
つくしも同様に会釈を返し、再びグラスに視線を向ける。
-もう…後がない…か…。
喉の奥で呟く。
本当にその通りだ。もう後がない。
大学を卒業し4年目になる。
周りでもお祝いの話をちらほら聞くようになった。
つくし自身はともかくとして、告白をしたF4達はそう悠長に構えていられる身分ではない。
-このまま『流れ』で誰かを決めて良いの?
常に自分の中にある疑問。
ならば…
グラスに残ったカクテルを飲み干す。
クラス脇ににチップを置くと、マスターに告げる。
「ありがとうございます。『後がない』なら、腹をくくるしかないんですものね」
決意に満ちたつくしの顔を見て、マスターが笑顔で頷いた。
「………はぁ………今日も暑いなぁ………」
つくしは直射日光が目に入らないよう、手で目元を覆いながら一面に広がる風景を眺める。
とにかく一度、4人とは離れたかった。
追い詰められた気持ちを整理したかった。
とはいえ、米国は道明寺、欧州は花沢、日本は西門、南米とオセアニアは美作。
どこもここもF4達の『目』はある。
何処に…? と悩むつくしの目に、ある風景が目に飛び込んで来る。
青年海外協力隊の募集ポスター。
広大なサバンナ。乾いた大地に沈む夕日。
『人類の起源は、この大地から生まれた女性だった』という説を、つくしは以前聞いたことがある。
何処までが本当なのかは定かではない、とのことだったが、この風景を見ていると、強ちそれも嘘ではないと思えてくる。
-ならば私もここで『起源』に戻ってみよう。
うん、と大きく頷く。
青年海外協力隊ボランティアに合格し、この乾いた大地へと来ていた。
それから既に3年が経過している。
逃れるよう来たものの、彼等にとってアフリカが未開の地という訳ではない。
実際、昨年ケープタウンを訪れた時も、その社名は目にした。
つくしがここに居ることは、とうの昔に知っているのだろう。
それでも、ここまで追って来る者はいない。
当然だ。彼等には彼等の責任がある。
自らの責任を放り投げてつくしを選ぼうとする男など、御免蒙る。
逆に彼等が直ぐに来ない事こそを、誇りに思う。
-流石、私が見込んだ男達よね。…なんてね…。
ふふ…っと一人、微笑んでいると、遠くからつくしを呼ぶ声がする。
『はい。今行きます~』
声の方へ駆け寄っていった。
つくし達の主な活動内容は、語学に関する事が多かった。
元々のセンスもあったが、やはり大学時代、類、総二郎、あきらにみっちりしごかれたのが効いている。
今は水道設備に関する部署での通訳兼、現地の子供との交流が多い。
『ツクシ~』『今日も来たよ~』
現場で聞き慣れない専門用語と格闘していると、可愛らしい声がつくしを呼ぶ。
声の主は、まだ10歳にもならない少年少女達。
つくし達が来る前は、水汲みに片道1時間以上掛歩いていたため、学校に通うことが出来なかった。
それが水道施設が整ったことにより、1月ほど前から学校に行くようになっている。
それでももっと勉強したいと、合間を見てはここに来て読み書きを教わりに来ていた。
次世代を担う子供達への教育とサポート。
これもつくし達の、大切な活動のひとつだ。
『チーフ。ちょっと出ても宜しいですか…?』
『ん? ああ、勿論。
…そういえば今日辺り、新しい人員が来るって言っていたけどね。
この時間だから、来るのは明日かな…?』
『へぇ…そうなんですね』
『ま、来たら声掛けるから』『ツクシ~! 早く~!』
待ちきれない子供達がシャツの裾を引っ張る。
軽く一礼し子供達を引き連れ、簡素な作りの小屋へと向かう。
つくしが教えるのは主に英語。
アフリカには様々な言語があるが、公用語が現地語と英語のところが多い。
それに英語が出来れば、今後どのような仕事に就くにしてもプラスになる。
『ねぇツクシ。ツクシの国の言葉で、私の名前はどう書くの?』
辺りが暗くなって来たため、小屋の中の電気を付ける。
そろそろお終いに…と、言い掛けたつくしの元へ、子供達の中でも特につくしに懐いている少女キアが、興味深げに尋ねて来た。
『え? うーんと……そうねぇ……』
最初「キア」と書こうとしてその手を止め「希阿」と書く。
「阿弗利加(アフリカ)」の「希望」
きらきらとした彼女の眼を見ていると、この字が相応しいと思える。
『この字の意味はね…』
先を続けようとしたとき、平常ではまず聞くことのない音が飛び込んで来た。
けたたましい銃声。
驚く子供達を集め『大丈夫だから…』と声を掛けるものの、つくし自身も震えが止まらない。
派遣される地域は原則として、レベル3(渡航中止勧告)やレベル4(退避勧告)は出されてはいない。
けれど紛争やテロなど、様々な危険は日本と比べものにならないくらいある。
つくしは急いで部屋の電球を消す。
-どうか…見付かりませんように…
子供達を抱きしめそう願うが、それも空しくドアが蹴破られた。
子供達の叫び声が上がる。
武装した男が2人。顔は覆面をしていてよく判らない。
男の一人がつくしの腕を掴む。
身体が強ばる。
泣きわめく子供達を宥めなくては…と思うのに、声も上手く出ない。
半ば引き摺られるように外に出た時、久しぶりに聞く日本語が耳に届いた。
「牧野! 伏せろ!!」
誰!? と、考える間も無く身体が反応する。
ありったけの力で、男の手を振りほどくようにしゃがみ込む。
と、同時に響く銃声が2発
銃弾は男の肩を貫通し倒れ込む。
その後ろで、子供の手を掴もうとした男も同様に。
-助かった…?
声のした方を見ると、ここに居るはずのない人物がほっとした表情を浮かべ、手にしたハンドガンを下ろす。
「美作…さん…?」
「…大丈夫か? 牧野…」
「う…ん…でも……」
何故、ここに?
そう尋ねようとする言葉は、再び聞こえて来る銃声にかき消される。
途端にあきらの眼が険しいものに変わった。
「牧野は子供達とそこに居ろ。大丈夫だから」
「みっ…美作さんは…?」
「心配するなって」
つくしの顔を見て、安心させるよう口の端を上げる。
柔らかい笑顔。
非常事態だというのに、不思議な程の安心感。
「落ち着くまでは外に出るなよ」
言って、つくしと子供達を、元の小屋に隠れるよう指差す。
全員がその中に入るのを確認すると、倒れているテロリストからバトルライフル、それに隠し持っていた手榴弾を取り出す。
「…何の因果で、ここまで来てドンパチする羽目になるのかね…。
……ここに居ない『あいつら』の呪いかよ…」
喉の奥の方で唸るように呟くと、建物の外に出る。
闇の向こうに蠢くテロリストの影。
手榴弾のピンを抜く。
1.2.3秒、とカウントし、向かってくる人物の頭上に向かって投げると、物陰に隠れる。
次の瞬間に爆発音がする。
と、同時に物陰から出てバトルライフルを構えた。
外に響く銃声と爆発音。
恐ろしさのあまり、最早、叫び声を上げることも出来ない子供達を抱きかかえるようにして、一箇所に固まる。
『ツクシ…』『大丈夫、直ぐ終わるから』
先程と同じように声を掛ける。
今度は不思議と、身体の震えは無かった。
永遠に続くかと思われた長い長い時間の後、ゆっくりとドアが開く。
「終わったよ。牧野」
「美作…さん…?」
ほっとし、その側に駆け寄ろうとしたときに、安心したのだろう。
部屋に居た子供達が一斉に泣き出す。
「え…と…その…」
とにかく宥めなきゃ…とアタフタするつくしに対し、あきらは一瞬目を丸くしたものの、直ぐに柔らかい表情に変わる。
直ぐ近くで泣きじゃくる少女
-キアを抱き上げると、ぽんぽんと宥めるように背中を叩く。
『大丈夫だよ。もう怖い人はいないから…』
そっとそう告げるあきらの声に、つくし自身、酷く安心していた。
「でも…美作さん。何でここに…?」
地元警察も来て、テロリストの逮捕や、子供達を心配して来た親へ引き渡し。
様々な残務整理にごたつく中、つくしとあきらは、乱射戦でぐちゃぐちゃになった建物内部の後片付けをしていた。
手を動かしつつ、つくしが尋ねる。
「何だ? 聞いてないのか? 新しい人員が来るっていうの」
「それは…聞いていたけど。……って? まさか…?」
「ああ。それ、俺」
「な…っ…何で!?」
思わずつくしが素っ頓狂な声を上げる。
「何で…っ? てなぁ…。まぁ、業務の一環? って奴?」
しれっとした顔で答える。
曰く、近年美作商事が行う、アフリカ支援プロジェクト。
発展途上の国への支援は、ボランティアだけでは手詰まりになる。
企業が入り『事業』として成り立ってこそ、その国は初めて自立への道を進めるのだから。
「その下見として、青年海外協力隊に参加して来いとさ」
「でも…だって…?」
あきらの言う事に嘘はないのだろう。
ビジネスの一環として、従業員をボランティアに派遣する企業もある。
けれど、あきら
-仮にも次期社長が来る場所とも思えない。
「……牧野は…流されたく無かったんだろ?」
「……え…?」
眉を顰め「何で何で」と、ブツブツ言っていたつくしだが、不意に本心を言い当てられ、あきら方に顔を向ける。
「…それは…その…」
「違うのか?」
「………そう…だけど…」
「なら、牧野がいいと思うまでここに居ればいい。
気が済んで、そしたら牧野の『一番』を選べよ」
「……そんな事言って…。美作さんはどうするつもりなの?」
「…ま、その時までは、牧野のお守り役かな?」
「お守り!? 失礼ねー!」
「それで終わるつもりも無いけどな」
あまりつくしには見せない艶っぽい笑みに、思わずどきりとする。
それを押し隠すように、業と冷たく言い放った。
「そっ…その時、選ぶのは美作さんじゃないかもしれないんだよ?」
「…お前、何気に言うね…」
思わずあきらの顔に苦笑が浮かべ「ま、いいさ…」と呟く。
-そう。それでいい。
牧野が自由に行こうとするのを、無理矢理遮る真似はしない。
突き進むつくしの後ろから「大丈夫か? 大丈夫か?」と、ハラハラしながら見守る。
それが俺なりの、愛情の示し方なのだから。
「…もう…。知らないよ…」
つくしも思わずくすりと笑う。
笑顔を夜明けの光が照らす。
それぞれの『決意』を胸に秘める2人の前に、サバンナの大地と真新しい太陽が広がっていた。

ここの回は暴力的表現が若干出てきます。
苦手な方は、ご注意、ご判断のうえ、お読み下さい。
目まぐるしい数日間の出来事のあと…
相当な破壊活動をした筈の司が捕まることは勿論無く、つくしや類が拉致された事もニュースにならない。
と、同時に、北川原の名も表から消える。
つくしは不思議に思ったのだが、「知らない方が良いこともある」の一言で終了となった。
こうして戻ってきた日常。
否、それは少し異なる。同じようで同じではない毎日。
宣戦布告をしたF4とつくしの間は、少しずつだが変わってきている。
このままいけば、つくしは4人の中の誰かを選ぶのだろう。
誰を選んでも後悔などしない。
けれど…
-追い詰められている…?
彼等は決して、強引な手段を取っている訳では無い。
なのに、ふと気付くとそんな思いに囚われる。
何故なのか、自分自身もよく判らないまま過ごしていたある日。
ふらりと1人、滅多に行くことがないバーに足を踏み入れる。
静かな、落ち着いた店内。
カウンターに着くと、マスターが飲み物を尋ねて来る。
「……XYZをお願いします……」
注文したのは、あの日あきらが作ってくれたカクテル。
差し出されたグラスに口を付ける。
「…恋にお悩みですか?」
人の良さそうな、頭の半分以上に白いものが混じるマスターが、穏やかに尋ねて来る。
「…えっと…?」
どう返していいものか迷うつくしに、にこりと笑いかける。
「そのカクテルの酒言葉、ご存じですか?」
「ええ。…確か、『永遠にあなたのもの』…ですよね?」
あの時聞いた言葉を繰り返すと、マスターは頷く。
「そうですね。ですがもう一つ、別の意味もあります」
「…別…?」
マスターが父親に近い、でももっと落ち着いた雰囲気を持つせいだからだろうか?
特に警戒心も持たず、次の言葉を尋ねる。
「はい。『XYZ』アルファベット最後の3文字。これでお終い。
だから『もう後はない』という意味もあるんですよ」
「もう…後は…ない…?」
こくりとマスターが頷く。
「何か思い悩まれているようでしたので…。
これを飲まれて、覚悟を決めるおつもりなのか…と、思いましたものでね。
否、老人の戯言とお聞き流し下さい」
軽く会釈をすると、マスターは自分の仕事に戻る。
つくしも同様に会釈を返し、再びグラスに視線を向ける。
-もう…後がない…か…。
喉の奥で呟く。
本当にその通りだ。もう後がない。
大学を卒業し4年目になる。
周りでもお祝いの話をちらほら聞くようになった。
つくし自身はともかくとして、告白をしたF4達はそう悠長に構えていられる身分ではない。
-このまま『流れ』で誰かを決めて良いの?
常に自分の中にある疑問。
ならば…
グラスに残ったカクテルを飲み干す。
クラス脇ににチップを置くと、マスターに告げる。
「ありがとうございます。『後がない』なら、腹をくくるしかないんですものね」
決意に満ちたつくしの顔を見て、マスターが笑顔で頷いた。
「………はぁ………今日も暑いなぁ………」
つくしは直射日光が目に入らないよう、手で目元を覆いながら一面に広がる風景を眺める。
とにかく一度、4人とは離れたかった。
追い詰められた気持ちを整理したかった。
とはいえ、米国は道明寺、欧州は花沢、日本は西門、南米とオセアニアは美作。
どこもここもF4達の『目』はある。
何処に…? と悩むつくしの目に、ある風景が目に飛び込んで来る。
青年海外協力隊の募集ポスター。
広大なサバンナ。乾いた大地に沈む夕日。
『人類の起源は、この大地から生まれた女性だった』という説を、つくしは以前聞いたことがある。
何処までが本当なのかは定かではない、とのことだったが、この風景を見ていると、強ちそれも嘘ではないと思えてくる。
-ならば私もここで『起源』に戻ってみよう。
うん、と大きく頷く。
青年海外協力隊ボランティアに合格し、この乾いた大地へと来ていた。
それから既に3年が経過している。
逃れるよう来たものの、彼等にとってアフリカが未開の地という訳ではない。
実際、昨年ケープタウンを訪れた時も、その社名は目にした。
つくしがここに居ることは、とうの昔に知っているのだろう。
それでも、ここまで追って来る者はいない。
当然だ。彼等には彼等の責任がある。
自らの責任を放り投げてつくしを選ぼうとする男など、御免蒙る。
逆に彼等が直ぐに来ない事こそを、誇りに思う。
-流石、私が見込んだ男達よね。…なんてね…。
ふふ…っと一人、微笑んでいると、遠くからつくしを呼ぶ声がする。
『はい。今行きます~』
声の方へ駆け寄っていった。
つくし達の主な活動内容は、語学に関する事が多かった。
元々のセンスもあったが、やはり大学時代、類、総二郎、あきらにみっちりしごかれたのが効いている。
今は水道設備に関する部署での通訳兼、現地の子供との交流が多い。
『ツクシ~』『今日も来たよ~』
現場で聞き慣れない専門用語と格闘していると、可愛らしい声がつくしを呼ぶ。
声の主は、まだ10歳にもならない少年少女達。
つくし達が来る前は、水汲みに片道1時間以上掛歩いていたため、学校に通うことが出来なかった。
それが水道施設が整ったことにより、1月ほど前から学校に行くようになっている。
それでももっと勉強したいと、合間を見てはここに来て読み書きを教わりに来ていた。
次世代を担う子供達への教育とサポート。
これもつくし達の、大切な活動のひとつだ。
『チーフ。ちょっと出ても宜しいですか…?』
『ん? ああ、勿論。
…そういえば今日辺り、新しい人員が来るって言っていたけどね。
この時間だから、来るのは明日かな…?』
『へぇ…そうなんですね』
『ま、来たら声掛けるから』『ツクシ~! 早く~!』
待ちきれない子供達がシャツの裾を引っ張る。
軽く一礼し子供達を引き連れ、簡素な作りの小屋へと向かう。
つくしが教えるのは主に英語。
アフリカには様々な言語があるが、公用語が現地語と英語のところが多い。
それに英語が出来れば、今後どのような仕事に就くにしてもプラスになる。
『ねぇツクシ。ツクシの国の言葉で、私の名前はどう書くの?』
辺りが暗くなって来たため、小屋の中の電気を付ける。
そろそろお終いに…と、言い掛けたつくしの元へ、子供達の中でも特につくしに懐いている少女キアが、興味深げに尋ねて来た。
『え? うーんと……そうねぇ……』
最初「キア」と書こうとしてその手を止め「希阿」と書く。
「阿弗利加(アフリカ)」の「希望」
きらきらとした彼女の眼を見ていると、この字が相応しいと思える。
『この字の意味はね…』
先を続けようとしたとき、平常ではまず聞くことのない音が飛び込んで来た。
けたたましい銃声。
驚く子供達を集め『大丈夫だから…』と声を掛けるものの、つくし自身も震えが止まらない。
派遣される地域は原則として、レベル3(渡航中止勧告)やレベル4(退避勧告)は出されてはいない。
けれど紛争やテロなど、様々な危険は日本と比べものにならないくらいある。
つくしは急いで部屋の電球を消す。
-どうか…見付かりませんように…
子供達を抱きしめそう願うが、それも空しくドアが蹴破られた。
子供達の叫び声が上がる。
武装した男が2人。顔は覆面をしていてよく判らない。
男の一人がつくしの腕を掴む。
身体が強ばる。
泣きわめく子供達を宥めなくては…と思うのに、声も上手く出ない。
半ば引き摺られるように外に出た時、久しぶりに聞く日本語が耳に届いた。
「牧野! 伏せろ!!」
誰!? と、考える間も無く身体が反応する。
ありったけの力で、男の手を振りほどくようにしゃがみ込む。
と、同時に響く銃声が2発
銃弾は男の肩を貫通し倒れ込む。
その後ろで、子供の手を掴もうとした男も同様に。
-助かった…?
声のした方を見ると、ここに居るはずのない人物がほっとした表情を浮かべ、手にしたハンドガンを下ろす。
「美作…さん…?」
「…大丈夫か? 牧野…」
「う…ん…でも……」
何故、ここに?
そう尋ねようとする言葉は、再び聞こえて来る銃声にかき消される。
途端にあきらの眼が険しいものに変わった。
「牧野は子供達とそこに居ろ。大丈夫だから」
「みっ…美作さんは…?」
「心配するなって」
つくしの顔を見て、安心させるよう口の端を上げる。
柔らかい笑顔。
非常事態だというのに、不思議な程の安心感。
「落ち着くまでは外に出るなよ」
言って、つくしと子供達を、元の小屋に隠れるよう指差す。
全員がその中に入るのを確認すると、倒れているテロリストからバトルライフル、それに隠し持っていた手榴弾を取り出す。
「…何の因果で、ここまで来てドンパチする羽目になるのかね…。
……ここに居ない『あいつら』の呪いかよ…」
喉の奥の方で唸るように呟くと、建物の外に出る。
闇の向こうに蠢くテロリストの影。
手榴弾のピンを抜く。
1.2.3秒、とカウントし、向かってくる人物の頭上に向かって投げると、物陰に隠れる。
次の瞬間に爆発音がする。
と、同時に物陰から出てバトルライフルを構えた。
外に響く銃声と爆発音。
恐ろしさのあまり、最早、叫び声を上げることも出来ない子供達を抱きかかえるようにして、一箇所に固まる。
『ツクシ…』『大丈夫、直ぐ終わるから』
先程と同じように声を掛ける。
今度は不思議と、身体の震えは無かった。
永遠に続くかと思われた長い長い時間の後、ゆっくりとドアが開く。
「終わったよ。牧野」
「美作…さん…?」
ほっとし、その側に駆け寄ろうとしたときに、安心したのだろう。
部屋に居た子供達が一斉に泣き出す。
「え…と…その…」
とにかく宥めなきゃ…とアタフタするつくしに対し、あきらは一瞬目を丸くしたものの、直ぐに柔らかい表情に変わる。
直ぐ近くで泣きじゃくる少女
-キアを抱き上げると、ぽんぽんと宥めるように背中を叩く。
『大丈夫だよ。もう怖い人はいないから…』
そっとそう告げるあきらの声に、つくし自身、酷く安心していた。
「でも…美作さん。何でここに…?」
地元警察も来て、テロリストの逮捕や、子供達を心配して来た親へ引き渡し。
様々な残務整理にごたつく中、つくしとあきらは、乱射戦でぐちゃぐちゃになった建物内部の後片付けをしていた。
手を動かしつつ、つくしが尋ねる。
「何だ? 聞いてないのか? 新しい人員が来るっていうの」
「それは…聞いていたけど。……って? まさか…?」
「ああ。それ、俺」
「な…っ…何で!?」
思わずつくしが素っ頓狂な声を上げる。
「何で…っ? てなぁ…。まぁ、業務の一環? って奴?」
しれっとした顔で答える。
曰く、近年美作商事が行う、アフリカ支援プロジェクト。
発展途上の国への支援は、ボランティアだけでは手詰まりになる。
企業が入り『事業』として成り立ってこそ、その国は初めて自立への道を進めるのだから。
「その下見として、青年海外協力隊に参加して来いとさ」
「でも…だって…?」
あきらの言う事に嘘はないのだろう。
ビジネスの一環として、従業員をボランティアに派遣する企業もある。
けれど、あきら
-仮にも次期社長が来る場所とも思えない。
「……牧野は…流されたく無かったんだろ?」
「……え…?」
眉を顰め「何で何で」と、ブツブツ言っていたつくしだが、不意に本心を言い当てられ、あきら方に顔を向ける。
「…それは…その…」
「違うのか?」
「………そう…だけど…」
「なら、牧野がいいと思うまでここに居ればいい。
気が済んで、そしたら牧野の『一番』を選べよ」
「……そんな事言って…。美作さんはどうするつもりなの?」
「…ま、その時までは、牧野のお守り役かな?」
「お守り!? 失礼ねー!」
「それで終わるつもりも無いけどな」
あまりつくしには見せない艶っぽい笑みに、思わずどきりとする。
それを押し隠すように、業と冷たく言い放った。
「そっ…その時、選ぶのは美作さんじゃないかもしれないんだよ?」
「…お前、何気に言うね…」
思わずあきらの顔に苦笑が浮かべ「ま、いいさ…」と呟く。
-そう。それでいい。
牧野が自由に行こうとするのを、無理矢理遮る真似はしない。
突き進むつくしの後ろから「大丈夫か? 大丈夫か?」と、ハラハラしながら見守る。
それが俺なりの、愛情の示し方なのだから。
「…もう…。知らないよ…」
つくしも思わずくすりと笑う。
笑顔を夜明けの光が照らす。
それぞれの『決意』を胸に秘める2人の前に、サバンナの大地と真新しい太陽が広がっていた。

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