紅蓮 64 つかつく
思いがけない所からも、光が漏れて来る。
つくしの母親の容態は安定して、つくしも週に2度顔を出していると報告が上がって来る。
それ以外にも、献茶式の準備に総二郎の屋敷に、最低でも週に1度訪れている。
時が俺に味方している‥‥胸が高鳴る。
頼んでいた相手から、連絡が入る
「司‥この前言っていた日にちで、手筈は整えてあるから。あと‥気になる事が一つあるの。あとで書類を送るからみてくれる?」
「あぁ‥助かる」
「西門の後援会の方は?」
「あぁ、そっちは宗谷が出資してる分ぐれぇ、なんとでもなる」
「じゃぁ、西門に迷惑をかけないように養子縁組の解消ね」
「ワリィな‥何から何まで世話になってんな」
「うふふっ、司の紹介してくれた美作さんと頑張らせてもらってるから大丈夫よ。彼‥とっても魅力的ね」
「早速、手つけたって事か?」
「あら、失礼な。誘惑されたと言って頂戴」
「そりゃ、ワリィ‥全て終わったら、きちんと礼はするからな」
「期待してるわ、じゃぁね」
一頻り笑い合い受話器を置く。
皮肉な事に別れた女房のルリが一番頼りになるんだから‥人生何があるかわからねぇよな。
ルリが送ってくれた書類を捲る。
ここ、ひと月のつくしの行動がつぶさに書かれている。ルリが気になると言ったのは、この男のことか?
普段、つくしの周りには、二階堂以外の男は置かない宗谷が珍しく主治医としてこの男に任せているのだ。
設楽雄一‥‥
つくしの母親が入院する病院グループの経営者。優秀な精神科医として名を轟かせていたが、ここ数年表舞台に一切出る事はなく、普段は海辺の街に妻と幾人かの使用人とともに生活をしているのだと書かれている。
‥そんな男が何故つくしの主治医に?
ルリからの注意書きが添えられている
妻、設楽玲久
交通事故で脳死状態と判断されるが、奇跡の復活?現在は、自宅にて療養生活を行っている。
何しろここ数年の生活の謎多し‥‥
夜風にあたりながら、ルリのメモ書きを眺める‥
***
誰かが、名を呼び私を抱きしめる。
時折やってくるこの男が、私の夫だと屋敷のものが言う。
酷い事故にあって、頭を打ち付けた私は記憶をなくしたらしい。
全記憶障害。全ての記憶を失った。
だからなのだろう
いつまでたってもこの人への激しい情熱を、私は思い出せない。
本当に私は、この男を愛していたの?
記憶を失った私には、わからない。
ただ…思い出そうとすると、激しい頭痛が襲ってくるだけ。
「不自由な事は、ないかい?」
来る度に、この男は私に聞いて来る。
「えぇ、無いわ」
一つ頷いた後に、今度は
「欲しいものはないかい?」
そう聞かれる。
欲しいもの? 欲しいものなど何もないと私は答える。
男は決まって笑いながら
「君は、欲がないね」
そう答えて来る‥ 私は曖昧に笑って、だったらここから出して欲しいと心で思う。
自由が‥自由が欲しい。
そう願うのに、その言葉を上手く声にのせる事が出来ないでいる。
男の手が伸びて、私を抱きしめる。
「玲久‥愛してる」
熱をおびた声で、男が私の名を呼ぶ。
設楽玲久……それが私の名前だ。


♥ありがとうございます。とっても嬉しいです♥
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