シーソーゲーム 57 類つく
男は、あたしの頬に手を這わせながら、
「憎んで憎んで‥それから愛せばいいよ」
愛おし気に優しく微笑む。
この言葉を聞く度に、あたしは全てを諦め、暗い暗い穴に堕ちていく。なのに‥あたしは暗い穴の中で、全てを受け入れなければいけない。
「柊兄ぃ‥お願い‥もう‥」
「つくし、もう柊兄ぃは変だよ。柊でいいんだよ」
あたしは、イヤイヤしながら首を振る。
「柊兄ぃ‥」
「つくし‥もう君の身体は、俺のものなんだよ?」
「お願い‥柊兄ぃ‥あたし‥あたし‥うっ‥」
柊兄ぃを突き飛ばし‥洗面所に駆け込む。
吐瀉物が辺りを汚す。
「つくし、大丈夫か?」
男の手が、あたしの肩に触れる。肩に触れた手に虫酸が走ってビクッと身体が揺れる‥
あたしの全身が、目の前の男を拒否している。止めどない吐き気が襲い、鮮血を吐瀉した瞬間‥あたしは、倒れた。
婆やと千恵子が、心配そうにあたしを覗きながら涙ぐむ
「お嬢様‥‥」
「ごめんね‥心配かけちゃって」
あたしは、眠る。赤子のように‥
久しぶりに夢を見る。
柊兄ぃがいて、進がいて、あたしがいる。進はまだ小ちゃな小ちゃな赤ちゃんで、ママが屋敷にいるのに、進にかかりきりで、弟が出来て嬉しい筈なのに、哀しくて哀しくて、涙をポッツリ流す。
柊兄ぃが、あたしの肩を叩く。あたしが振り向くと、
「見て見て、ホラッ キツネさんのマネだよ。次はネコちゃん。次はホラッ ブーブーブタさんで、ニコッと笑ってつくしだよ」
頬を、指先で突く。
あたしが笑ってる。幸せそうに笑ってる。小ちゃなあたしは、全身で柊兄ぃ大好きと笑ってる。
あたしの瞳から、涙が溢れる‥目を開ければ、心配そうに柊兄ぃがあたしを覗いていた。
「つくし‥‥」
久しぶりに、真っ直ぐに柊兄ぃを見る。突如として想いが沸き上がる。この男をこれ以上哀しませてはいけない。自分のためじゃなくて、素直にならなきゃいけないと。
「柊兄ぃ‥‥どうかお願いです。あたしを諦めて下さい」
切れ長な美しい目が、あたしを見つめ、そして笑う。
「つくし‥‥一之宮も、如月ももう動き出しているんだ。婚約を破棄すると言う事は、どういう事かわかる?もう俺とつくし2人の問題じゃないって言うことなんだよ?」
言葉は途切れ‥‥手が伸びる。あたしの身体は柊兄ぃの伸ばす手に硬直する。
「ふっ‥そんなに怖い?」
「ごめんね‥ごめんね‥柊兄ぃ‥ごめんね‥あたし‥」
「ねぇ、つくし‥謝らないで」
涙が出そうになって、下唇を噛む。泣いちゃいけない。強く強く下唇を噛む。
「ねぇ、どうやったら俺を好きになる?」
あたしは、柊兄ぃの目を見る。
「あたし‥柊兄ぃの事‥大好きだよ‥でも‥ごめんなさい。柊兄ぃはあたしにとって大切な大切なお兄ちゃまなの‥‥」
「お兄さん?‥つくしは、残酷だね。あははっ、だったら今まで通り憎んでくれ、憎んで憎んで嫌いになればいい」
「‥もう憎めないし、嫌いにもなれない‥ッヒク‥うぅっヒック‥‥だってあたしの隣に、いつも居てくれたのは‥柊兄ぃなんだもん‥それなのに‥‥ごめんね‥ごめんね‥」
泣き続けるあたしの横で柊兄ぃが
「つくし‥‥つくしの欲しいモノならなんでも買ってやるし、何でもしてあげる。堅苦しい事が嫌なら、何もしないでもいい‥‥だから、だから傍にいてくれ‥お願いだ‥‥だから、だから、俺を拒絶しないでくれ‥」
項垂れる柊兄ぃを見て、あたしは初めて心から理解する。
悪いのは、中途半端に柊兄ぃを受け入れてきた自分だったと言う事を‥‥
それなのに、何度も何度も裏切って‥その度に酷い酷いと嘆いていたんだ。
目の前にいる、大事な人をこれ以上哀しませないように‥‥正直に生きようと決心をする
あたしは、あたしにしかなれないように、如月つくしの人生からは逃げれない。
それならば‥‥真っ正面から受け入れよう。
それが、せめてもの贖罪だ。
「柊兄ぃ‥だったら大学をきちんと卒業させて下さい」
柊兄ぃは、あたしの願いを聞き入れてくれた。
一年半‥あたしは死に物狂いで勉学に勤しんだ。
それこそ‥昼寝する暇もないくらいに
類つくは月火木金12時更新予定


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