夜伽の国の白雪姫 前編 ~類つく~ byオダワラアキさま
ここがどこなのかも分からずに、只ひたすらに走り、気が付けば太陽の光も届かない深い森の中へと足を踏み入れていた。
あたし、このまま死ぬのかな…
木々が揺れるカサカサという音にも、ビクリと肩を震わせて暗い暗い山道を登って行く。
どこか…どこか、公道に出られれば…っ
車がもしかしたら通るかもしれない、助かるかもしれないと、月の明かりだけを頼りにつくしはひたすらに走った。
20歳になった今日、自分の身に待ち受けている運命があんなものだとは思っていなかった。
恐怖のあまり逃げ出してしまったが、あの邸しか暮らす場所はない自分は、逃げ切ったところで連れ戻されるだけなのではないだろうか。
でも…ただ一縷の望みにかけて、つくしは足を前に進める。
すると、目の前に光が現れつくしは眩しさにフラリと眩暈を感じた。
*
産まれた時からつくしが暮らしているここは、山奥にある閉鎖的でとても小さな街だ。
街に住む人々の殆どが、道明寺というライフラインから生活用品まで全ての事業を担う企業に携わっている。
そんな道明寺グループの会長を務めていた父に、新しい妻が嫁いで来たのはつくしが18の頃だった。
楓と名乗ったつり目の継母は、司というつくしの1つ上の兄を連れて邸へとやって来た。
父と、優しい継母と義理兄と久しぶりに味わう家族ーーーつくしにとっては一番幸せな時間だったのかもしれない。
しかし、そんな幸せは長くは続かずに、それから1年も経たないうちに父が亡くなり、邸には優しさの欠片も持ち合わせていないように突然性格の変わった継母と、司とつくしの3人が残された。
司だけはつくしの良き味方で居てくれたが、父を亡くし突然重い責務を担う立場になった司の目の届かないことも数多くあり、楓とつくしの溝は時を重ねるごとに深まるばかりだった。
この街では20歳になれば大人と認められるーーー
つまり、子どもではない、この閉鎖的な街を出て外で働くことも出来るということ。
つくしは誕生日を迎えた今日、何とかこの邸を出ようと考えていた。
父の残した立派な邸を捨てて逃げるのは大層忍びなかったが、つくしを憎むような楓のあの目を見ていることはもう限界だったのだ。
部屋から出ることも許されず、使用人が外から南京錠を解錠しつくしの部屋へ夕食を運ぶ。
珍しく、使用人と共に楓が部屋の中へと進む。
何事かとつくしが訝しむような視線を向ければ、楓はつくしを睨み付けるような冷たい視線を向けながら口を開いた。
「つくしさん…やっと、あなたも20歳になったのね…おめでとう」
少しもめでたいとは思っていないことが使用人でも分かるのだから、つくしに伝わらない筈がない。
面倒はごめんだとばかりに、そそくさと使用人は一礼し部屋を出ていく。
「何のご用ですか…?」
つくしが聞くと、楓は口元を歪ませ見たこともないような気味の悪い顔をつくしに向けた。
「何の取り柄もないあなたを今まで育ててあげたんですもの…大いに役に立ってもらわなくてはね」
つくしは緊張からかカラカラに喉が渇いて、テーブルにセッティングされたグラスを手に取りクイッと飲み干した。
飲んだ瞬間、頭がグラリと左右に揺れ天井が見えた。
「な、にを……」
つくしはそのまま意識を失った。
*
「…っ、ん…」
ピリッと肌に感じる痛みで、つくしは目を覚ます。
暗い部屋の中、徐々に目が慣れてくるとほのかに明かりも感じられる。
ここはどこなのだろう、周りを石垣で固められドアはなく、目の前にあるのは鉄格子だった。
明かりだと思っていたのは、つくしでは手の届かない壁の高い位置に、30センチ四方の外に通じる窓があり、そこから僅かに外の光が漏れているからだった。
鉄格子の向こう側には上へと進む階段があり下へと降りる階段はないから、ここは1階かもしくは地下室なのではないかとつくしは思った。
またピリッと身体に痛みを感じて、よくよく自分の格好を見ればドレスの所々が切り刻まれているのが見て取れる。
静寂を破るカタンという音がして、つくしは音のした方へと視線を向けると、見たこともない男が階段を降りてくるところだった。
「だ、誰っ!?」
「楓と契約を結んだんだ…あんたはこれからは俺のオモチャになる…夜伽専門のな」
ニヤリと口元を歪めて言った男には額から目の上にかけて大きな傷があり、身体の大きさからくる威圧感と傷が得体の知れない気味の悪さをより増長させた。
「夜伽って…」
「今日20歳になったんだろう?この綺麗な顔と身体で男を悦ばせる、それがあんたの仕事さ…。あんたの力で益々この道明寺家の力は揺るぎないものになる…嬉しいじゃないか」
「そ、そんな…お継母さまが…」
そんなことをするはずはない…そう言えれば良かったのに、楓という女をこの2年見てきたつくしの中では、今のつくしの現状はあり得ないことではなかった。
悔しくて悲しくて、つくしのキツく瞑った目元から涙が溢れる。
楓は司にバレないよう、仕事で家を空けている時を狙ったのだろうし、司も邸に居たとしてもつくしに四六時中ついているわけにはいかないのだから、隙は幾らでもあるはずだ。
男はつくしに一歩二歩と近付くと、持っていたナイフでつくしのドレスを切り裂いていく。
つくしは恐怖のあまり、声を出すこともできずに身体を硬直させた。
「……っ!」
淡いピンクのドレスは所々が切り刻まれ、つくしの雪のように真っ白い肌を露わにさせる。
「楓は…あんたのこの美しい身体が…真っ白い綺麗な肌が大嫌いだったようだぜ…まあ、俺にとっちゃ最高のご馳走だがな」
男はナイフで刻まれたドレスの間から覗く真っ白いつくしの肌に舌舐めずりしながら唇を寄せていく。
あまりの不快感に、つくしは身の毛がよだちブルッとした寒気が全身を駆け抜ける。
「や、やめっ…やぁぁ」
「分かってるだろ…どんなに泣き叫んだところで…誰もあんたを助けに来やしない…諦めて全てを受け入れるしかないんだよ」
「っく…ふぅっ…」
見知らぬ男の前で弱いところを見せ声をあげて泣きたくなんかないのに、潤み真っ赤になった瞳からはボロボロと涙が溢れ落ちる。
もう、このまま一生この暗い牢屋のような場所で暮らすのかと思えば、未来なんてありはしない。
只々、絶望するだけだ。
つくしの溢す涙を男が拭う。
ほんの一瞬のことだったけれど、つくしの美しさに男が囚われた瞬間だった。
つくしの瞳にはもう何も写してはいなかった、ただ目の前にキラリと光るナイフが有り、男が油断している今なら奪い取ることが出来ると思っただけだ。
つくしは勢いよく男の手からナイフを奪い取ると、利き腕めがけて振り下ろす。
「グッ…う…ぅ…お、まえ…っ」
間一髪で深く刺さるのは避けたようだが、肌の表面が深く抉られるように切れたらしく男の腕からは赤い血が流れ落ちていた。
つくしは男の入ってきた鉄格子の入り口から牢屋を出ると必死に階段を駆け上る。
男が後ろから何かを叫びながら追ってこようとするが、つくしはナイフを持ったまま振り向かずに階段を駆け上り、外に出た後も走り続けた。
オダワラアキさまより頂きもの♪
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