月夜の人魚姫 24 総つく
「そいつの事が忘れられないんだろ?」
「‥‥‥」
「答えられないのが答えだろうよ?」
答えの代わりに涙が零れる。
「その男がどこのどいつで、何があったかは知らねぇけど、もしそいつが生きてるんだったら、ミュウお前そいつときちんと向き合えよ」
俯くあたしに
「きちんと向き合って先に進めよ。じゃないと俺、諦めきれねぇや」
「暖‥」
「なぁ、ミュウ‥俺の事好きだって言ったよな?」
「‥うん」
「じゃぁ、俺と賭けをしろ」
「賭け?」
「あぁ、賭けだ。お前が勝ったら俺は、スッパリお前を諦める。でもお前が賭けを放棄したり、負ける事があったら‥竜崎の力を総動員してお前を手に入れる」
「‥‥」
「嫌なら、遊の会社を取りあえず潰す。次は倉科を潰す」
「正気で言ってる?」
「伊達や酔狂じゃこんな事言わねぇよ。って、そんなのは、ミュウが一番解ってるだろ?」
暖は、優しくて豪快な人だけど、目的の為には、恐ろしく非情な人間にもなれる人だ。
「そうだな、期限は一年。相手の男に思いを告げる。辛いも恋しいも全部だ。それが出来たら俺は、お前を諦めてやるよ」
「暖‥」
「なぁ、俺がお前の過去を調べようと思ったら‥どんなに隠した所で、直ぐに調べられるぞ」
言葉を切り、あたしを真っ直ぐに見つめる
「それをしなかったのは、そんな事は、必要ないと思ってたからだ。蒼の父親が誰だろうと、蒼もミュウも俺のものにするって思ってたからだ。なぁ、俺と初めて会った日憶えてるか?」
「‥うん‥」
「お前気が付いてたか?俺、一目惚れだったんだ」
暖と初めて出会った日を思い出す。
蒼がお腹に居る事には、まだ気が付かないで、哀しさを埋めるように、遊に毎日の様に抱かれていた頃だった。
2人で他愛もない会話を交わしながら遊の部屋への道を歩いてた。
キキッーーと車が急停車して、中から人が出て来る。嫌みなほどにスタイルのいいモデルのような男だった。
「遊、元気か?」
「おぉー暖じゃん、いつ戻って来たんだ?」
「うんっ、今日だ。ってか、今だ。あとでお前に連絡入れようと思ってたら、前歩いてるからビビった」
「あははっ、そっか」
暖と呼ばれた男が、あたしを見る。
遊とは対照的な風貌で、どこか西門さんを彷彿させた。
男と目が合った瞬間‥ぐにゃりと世界が歪んだ気がした程だ。
「彼女は?」
「っん?珍しいなぁ、お前が俺の連れに興味持つなんて」
「そ、そ、そんなんじゃねぇよ」
「ミュウ‥‥だ」
「お前の彼女か?」
遊があたしをチラッと見た後に
「いやっ、違う」
そう返事をしていた。
歪んだ世界の中で、あたしは目の前の男と挨拶を交わす。
暖と名乗る男が、あたしをジィーッと見つめた後に
「なぁ、暇なら、ちょっと付き合ってくんないかな?」
そう聞かれ、返事をする前に車に乗せられていた。
2時間程車に揺られ、着いた先は豪奢な別荘だった。
何も言わずにあたしの手を掴み、建物の中に入り、目の前の品のいい男性に向かって
「豪さん、コイツの絵を描いてくんないかな?」
「えっ?」
豪さんと言われた男性が、驚くあたしと暖を交互に見て吹き出していた。
一頻り笑ったあとに
「暖、彼女困ってるみたいだけど?」
暖があたしの方を振り向いて、大きな声で
「バイトだ。バイト。絵のモデルのバイトだ、なっ。バイト探し中なんだろ?」
余りにも当たり前のように言うので、コクンコクンと頷いていた。
「雪、お茶淹れて」
「はーい」
遊との出会いは、暖との出会いを、暖との出会いは、倉科の両親との出会いを連れてきた。
この出会いがなければ……きっと、蒼とは、出会えなかった。
火、水、金、土、日 0時更新


♥ありがとうございます。とっても嬉しいです♥
- 関連記事