紅蓮 67 つかつく
昼間見た女性の視線が心に過る。
あたしに許された自由‥‥脱衣所に侍女は待機しているが、独りきりで入浴をすることを許された。
いつか割ってしまった鏡は取り払われているが一人でお風呂を楽しめるのだ。これも全て設楽先生の助言のお陰だ。
シャボンを泡立て全身を洗う。
「痛っ」
鞭打ちの傷口にシャボンがしみる。鞭の痕は、あたしが宗谷の所有物だと物語る。
お湯の中で恥丘の蓮の花が紅く咲き誇り、花芯のピアスが、乳首のピアスと共にユラユラと揺れている。
この身体の主は、醜いあたしの身体を愛でる。まるで宝物を扱う様に。
首を振り、お風呂に潜る。ブクブクと身体が沈みお湯の中を漂う。
どこかで、設楽先生の声がする。
「余計な事は考えないで、快楽を受け止め、心を解き放つんですよ。そうすれば自由が待ってますからね」
あたしは、お湯に潜ったまま
「はい」
と返事をしている。
だって、何も考えず受け入れれば鞭の痛さ、蝋の熱さとて快楽にすり替わるのだから。
バスローブを羽織り、浴室を出る。
侍女達の手によって支度が整えられていく。
「つくし奥様、お召し物はこちらで宜しゅうございますか?」
永瀬の声がする。
宗谷の描いた着物に袖を通す。
黒地に、真っ赤な蓮が咲いている銘仙の着物だ。
鏡の中で微笑を称える女は、一体誰だろう?
シャラーン シャラーン と鈴が鳴り響いている。
* **
屋敷の者に見送られ西門に向かう為に車に乗り込む。
車窓から見える空は、どこまでもどこまでも青く澄んでいる。
音も無く車は走り続け、西門の屋敷に着く。
「忙しいところ、ワリィな」
西門さんの声がする。二階堂がいないのでいつもよりも砕けた話し方だ。夕方には、桜子も西門に手伝いに来ると言う。
「名目上、手伝いだけどお前に会いたいんだとよ」
西門の屋敷の者は、皆が温かくあたしを迎え入れてくれる。
久しぶりに感じる開放感。
なのに、何故か‥もの寂しさが身体の中を駆け抜ける。
自分自身の不確かさから来るのだろうか? 抑制されるもののない自由に戸惑っているのだ。
恋い焦がれていた自由の筈なのに。
「どうした?」
「ううん」
あたしは、慌てて首を振る。
そんなわけ無いと。あれ程望んでいた自由なのだからと。
「つくしちゃん、来た早々申し訳ないけれどこちらを手伝ってくれるかしら?」
「はい。お母様」
目の回る程に忙しく時間は、過ぎていく。
空に夕焼け雲が見える頃、桜子がやって来る。
二人で、祝賀会の後に出すお土産物の点検をする。
「先輩、雰囲気が以前と変わられた気がするのですが何かございました?」
「えっ? そう?なんにもないよ」
「そうですか‥‥なら、私の思い過ごしですわね‥ところで、牧野のお母様のお具合は如何ですの?」
「随分と良くなって来たのよ。意識がある日が随分と増えてね。あっ、宗谷が桜子に遊びに来てもらいなさいって」
「宗谷様がですか?何か心境の御変化でも?」
「以前からの発作がここ最近頻繁に起るようになってカウンセリングに通い出したのだけど、そこの先生が色々と助言して下さるの。とても頼りになる方でね、その方の言う事を聞いていれば全てが上手く回っていくのよ」
「‥全てがでいらっしゃいますか?」
「えぇ‥‥ママの転院を止めて下さったのも、今日此処に一人で来るようにと宗谷に進言して下さったのも設楽先生なのよ。それに‥‥先生とお話していると、気持ちがとても楽になっていくの」
沈黙の後‥‥美しい柳眉を顰めながら
「先輩、信じられるのも結構ですが、くれぐれも盲目にならないようにご注意下さいね」
「うふふっ、設楽先生は、そんな方じゃないわよ。桜子も会ったら解る筈よ」
夜の帳が下り、石灯籠に灯がともる。
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