月夜の人魚姫 31 総つく
「あっ、いや‥すみません」
お袋に名を呼ばれ我に帰る。
未悠‥‥牧野に良く似たあの女を見てから、とうに諦めた筈の恋心を思い出す。
8年も経つのに、まだまだ色濃く残るあいつの残影。
「そうそう、今日の正客をお伝えしてなかったわね」
「あぁ、そうでしたね」
「金沢の倉科様がいらっしゃるのよ。未悠さんでしたっけ?一ノ瀬さんの所の秘書さんの。そちらのお母様と未悠さんと蒼君をねお招きしているのよ」
家元夫人が開く茶会は、余程懇意にしている人間しか招かない筈なのに、なぜ? 沢山の驚きでいっぱいだ。
俺の驚きなど気にも留めず、楽し気に話している。
「蒼君というのはね、未悠さんの息子さんで‥とても利発で可愛い坊ちゃんなのよ。お茶が大好きで、将来はお茶のお仕事がしたいんですって。筋もとてもいいのよ。何度かお稽古をつけてあげていてね。うふふっ、とってもとっても可愛いのよ」
お袋の話を頭の片隅で聞きながら、色々な思いが過る。
未悠の息子とお袋がなぜ?
俺の心を知ってか知らずか‥
「私の大切なお客様達ですから、くれぐれも宜しく頼みますね。私はそろそろ準備に入りますので、また後ほど」
そう言い残し、部屋を去っていった。
* **
留石をはずし黙礼を交わす。
俺を見つめる未悠の瞳と目が合い、刹那‥時が止まる。
全ての音が、映像が止まり、この世の中には俺と未悠2人しかいないのじゃないか?そんな錯覚に陥り薄らと笑っちまった。
茶事の間中、小ちゃっな瞳が真摯に俺を見る。一挙手一投足を逃すまいかとするように。
茶事が終わり、母屋に戻る。
お袋の楽し気な笑い声が部屋の中から聞こえる。
ノックをして部屋に入る。
未悠が俺の目に飛び込んで来る。
隣には、蒼君って言ったかな?美しい少年が座っている。目元が未悠に良く似ている。いや、未悠と言うよりも‥‥牧野に良く似ている。
漆黒の髪に、漆黒の瞳。クルクルと良く動く表情。何よりも醸し出す空気が、小さな子供だと言うのに、穏やかで温かいのだ。
「そちらの坊やが、未悠さんのお子さんなんですね」
「こんにちは、倉科 蒼です」
「蒼君っていうんだ。いいお名前だね。僕の名前は、西門総二郎だよ。宜しくね」
俺の挨拶に少年がハニカミながら笑う。
見ているこちらまで幸せになるような笑顔で。
「蒼君は何歳なの?」
「俺は7歳。あっ、僕は7歳です」
「ははっ、俺で構わないよ。7歳かぁ、小学校何年生?」
少年と他愛ない会話を交わす。
「お茶が好きなんだって?」
「はい。総二郎さん凄い凄いカッコいいです」
困惑顔の未悠とは対照的に、目をキラキラさせながら少年が俺を見て答える。
「それは、有り難う。良ければお茶の稽古に西門に通わないか?蒼君さえ良ければ私が教えるよ」
そんな言葉が口を出ていた。
蒼君の顔が、一瞬輝やいた後にショボンと沈み、隣の未悠を見る。
未悠が
「有り難いお言葉ありがとうございます。ただ、この子普段は、金沢に住んでいるものでして」
「金沢なら近い。送り迎えでしたら、西門の使いの者をだしますので、2週に一度づつ交替でお互いに行き来しあって、金沢と東京でお稽古をすると言うのは、どうですか?」
何故か執拗に食い下がっていた。
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