吾亦紅 前編 総つく

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吾亦紅が揺れている。
秋風に揺れている。
我もまた紅なりと 揺れている。
気怠気に髪を掻き上げながら
「総‥」
目の前の女が俺の名を呼び微笑む。
「つくし」
女の名を呼び、裸体を抱き寄せ口づけを交わす。
あの日、あの時、あの時代‥
堅物の牧野に、3回ルールの俺‥‥
誰もが俺等2人が恋に落ちる筈ないと高を括っていた。
俺自身‥‥鉄パン履いた女を愛するなんて露ほどに思いもしなかった。
ましてや、別れたとはいえ、親友が唯一無二に愛し求めた女だったのだから。
なのに気が付けば、俺の心をつくしが占めていた。
巡り合わせだったのだろう。
大学3年の一年間、修行僧として過ごした俺は、つくしと同じ学年で過ごす事になった。
時を同じくして、学業と稼業の二足の草鞋を履き出した類とあきらが大学に来る回数が減っていた。
おのずと縮まる俺とつくしの距離。
就活の一環だと称して茶道に誘ったのは、たまたまだった。
笑っちまうぐれぇの粗忽ぶりにあきれ果てた大宗匠夫人の一番弟子の志津が、いつの間にか、つくしの指南役請け負っていた。
♪♪♪♪♪
「ねぇねぇ、葉子ちゃんのお父さんって大野興行の取締役だったんだね」
「あぁ、そうみたいだな。なんかあったか?」
「昨日、いつものように夕飯をご馳走になってる時に珍しく早く帰宅されてね、そんな会話になってビックリしたのよ。ビックリしてたのにビックリしたみたいで、牧野さんは何も聞かずにこちらへ?って笑われたよ」
「へぇ‥‥ところで葉子ちゃんの所に何しに通ってんだ?」
「あれ?言ってなかったっけ?志津さんの紹介でカテキョのバイトです」
聞けば、あまりの粗忽ぶりに業を煮やした志津が牧野の空いてる時間を稽古に費やすと宣言したらしいのだ。
だが、苦学生牧野はバイトで忙しい。暇な時間なんて殆どないのが常だ。
で、実入りのいい確たる家の子息の家庭教師を牧野に命じたらしいのだ。
「有り難いって言えば、有り難いんだけどね。もう志津さんのお稽古‥地獄よ地獄」
「志津は、厳しいからな。まぁ、志津に稽古付けて貰えば、真面目に半年もやれば上達すんぞ」
「えっ‥半年って‥もう経ってるじゃん‥‥くぅーっ」
「あははっははっ‥マジか?……そっか‥そりゃ志津も本気出すわな。まぁ頑張れ」
そんな会話を交わしたのが先月の事だ。
で‥
「お前、何してんだ?」
「いやぁー、事務局の手伝いで借り出され中」
遅々として上達しない牧野に闘争心を芽生えさせた志津は、全てのバイトを辞めさせて、カテキョのバイトと事務局のバイトに絞らせたのだ。
「そ、そ、そりゃすげぇな」
「でしょ、でしょ?もう怖いのなんのって‥‥口を開けば、こんなに出来の悪いお弟子さんは初めてです。だよ」
それから半年‥‥気が付けば、西門の中をうろうろしている牧野に出くわす。
稽古で叱責されてる牧野。
邸の中を奔走してる牧野。
庭で花を摘む牧野。
事務局で、原稿と睨めっこしてる牧野。
茶道海外交流で、流暢に数カ国語を操り説明をしてる牧野。
失敗も叱責にもめげないで生き生きと楽し気に振る舞う姿に、いつしか邸の者達が心を奪われて、「つくしちゃん」「つくしちゃん」と慕われてやがる。
大宗匠夫妻、家元夫妻、両夫妻が、まるで張り合うかのようにこぞって牧野をあちらこちらに連れ出している。
俺と牧野は、楽屋裏で会って軽口を叩き合う。
「おっ、今日もココに借り出しか?志津にまた怒られってか?」
「おっ、コレはコレは若宗匠。お綺麗な女性はいらっしゃいましたか?」
「「ったく‥」」
2人で舌打ちしあって場を離れる。時間が合えば飯を食いに行く。そんな付かず離れずの関係だった。
ある日見かけた牧野‥‥珍しく着飾って、大宗匠夫妻の後を付いていた。
大宗匠夫妻が他の奴の所に挨拶に行ってる隙に、牧野に小声で話しかける。
「お前、ここで何やってんの?」
「おっ!西門さん。っん?あぁ、志津さんぎっくり腰になちゃって‥志津さんの代わり」
「志津がぎっくり腰?」
今朝、ピンピンしながら庭の花摘んでたがな……
「もう全部筒抜けだから,気合い入れなくちゃいけないのよ」
なんて言いながら笑ってやがる。
「そうか‥‥それはご苦労様‥だな」
「志津さんに何か聞かれたら、牧野は頑張ってた。良くやってたって伝えておいてよ。ねっ」
「ぷっ」
「もう絶対だよ。じゃぁ、ヨロシク」
時が過ぎ、約束の4年が過ぎても‥俺の親友は、愛する女を迎えに来る事はなかった。
剰え、牧野は就職活動まで始めたと言う。
「なぁ、お前と司ってどうなってんの?」
俺の問いに
「あれぇー言ってなかったっけ?ってか、聞いても無いんだ?もうとっくに別れてるよ」
あっけらかんと笑いながら答えた。
「い、何時?」
「っん?2年の夏休みだから‥もうかれこれ2年以上になるかな?」
晴天の霹靂とは、こんな事を言うのかと思う程の衝撃が俺の中を駆け巡った。
「お、お前はそれでいいのかよ?」
慌てて聞けば
「いいも悪いも‥‥もう2年も前だよ。何を今更?って、それで茶道を誘ってくれたんじゃなかったの?」
俺は首を振る。
「あははっ、そうだったんだ。あたしは、てっきりそれで誘われたのかと思ってたよ。へぇーなんだそうだったんだ。ぷぷっ‥そうなんだ。じゃぁ、遠慮なく西門流にお世話になろうかな~」
笑いながら意味不明な事を話し出す。
「何をだ?」
「っん?ってコレも知らないんだ?そっかぁー、じゃぁ本当に遠慮なくお世話になっちゃおう‥かな?」
「だから,何をだ?」
そう問えば
「事務局への就職」
で‥‥
「若宗匠、この取材お願いします」
「次の茶席の打ち合わせですが‥」
「若宗匠、執筆依頼の件ですが‥」
なんて俺にお伺いなるものを立ててくる。
こん時の牧野は、中々もってしっかりものだ。
色よい返事を返せば、ウキャッてなって
「志津さーん、若宗匠OKですってー」
大きな声で騒いでは、
「もっと品よくなさい」
志津に叱咤され、チョロッと舌を出して去って行く。
志津の鬼の様な稽古付きで
今日も西門で高麗鼠の様に働いている。
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