月夜の人魚姫 34 総つく
遊のそんな一言を皮切りに宴会が始まろうとしている。
「若宗匠、お車じゃ?」
一縷の望みをかけて、そう問えば‥‥
そんな事は、心配するなと言わんばかりにニッコリと微笑みながら
「車は取りに来させますので」
「ハァッー」
小さく溜め息を吐いた瞬間、遊と目が合う。
何食わぬ顔で
「ミュウ、つまみ作ってよー」
「はーい」
「未悠ちゃん、クレイマークレイマーサラダが食べたい」
「はぁーい、はい」
「未悠様、私めは、出し巻き卵がようございますね」
「はいはい」
「私は、豚煎餅が食べたいですわ」
「はーい、はーい」
無意識に返事をして‥‥ハッとする。
豚煎餅は、京子さんとよく行ったお店の看板メニューだったから‥
何気なさを装って後ろを振り返れば
京子さんが何とも言えない顔をして、柔らかく微笑んでいる。
ドキドキと震える鼓動を抱え、慌ててキッチンに向かう。
冷蔵庫を開けて材料を取り出す。
雪平鍋に、お出汁を注いで里芋をコトコトと煮る。
フライパンに油を注ぎ温める。油が温まる間に、レタスをちぎって水切りする。
油が温まったら、切っておいた野菜を素揚げしてポン酢に漬ける。薄切り豚肉に片栗を振ってからりと揚げたら、
ついでに餃子の皮にチーズを挟んだものも、揚げていく。
餃子の皮にチーズ‥貧乏メニューって、よく言われたっけ。
もう片方のコンロで、卵焼き器を温める。油をたらりと垂らして、卵液を注ぎクルクルと巻いて行く。
お出汁と三温糖が入った、少し甘い出し巻き卵が、西門さんの好みだ。
カラリと揚がった豚煎餅をタレに絡ませ、仕上げに胡麻と浅葱を振ると、殺風景だった豚煎餅に花が咲く。
京子さんと行った居酒屋でのお勧めメニュー。
ちぎったレタスには、たっぷりの海苔を乗せて醤油ベースの和風ドレッシングを添える。クレイマークレイマーの映画に出てたサラダ。簡単なのに、美味しいと美味しい美味しいと西門さんに大好評のサラダだった。
冷凍しておいたご飯を温めて、お雑魚とおかか、白胡麻にほんの少しのお醤油を垂らして、一口サイズのお握りを握る。
もう一種類は、ゆかりの一口サイズのお握り。
ポイッと摘んでは、幾つも幾つも頬張っていた。
煮上がった里芋に、鶏挽肉、調味料で味を整えてから、とろみをつける。
お出汁ごと頂くのが美味しい食べ方だって、さも自分が発見したかのように、得意気に言っていた。
カチッ
火を止めて、器に盛りながら‥‥
自分の愚かさに渇いた笑いが漏れる。
“牧野つくし” を “西門総二郎への思い” を 綺麗さっぱり捨てた筈なのに‥‥
西門さんが好き。愛してる。
西門さんが欲しいと。
至る所から溢れ出して来て‥‥全てを包んでしまう。
菜箸を持ちながらあたしは、佇む。
頭を一振りしてから、リビングの遊に声をかける。
「遊、これ持っててー」
「おぉー」
「美味そう」
そう言いながら、出し巻き卵に手を伸ばす。
「遊、もぉー、つまみ食いしないで向こうに持っていってよ」
そう言いながら‥‥後ろを振り向けば、西門さんが立っていた。
「‥‥未悠さん‥‥‥いいや、この味‥‥」
全ての時間が止まる。
ドックン
ドクドク
ドックン
ドクドク
心臓の鼓動だけが一人歩きしている。
ドクドク
ドックン
西門さんがあたしを見つめる。
次の瞬間‥‥
コッツン
おでこと
おでこが
合わさる。
火、水、金、土、日 0時更新


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