月夜の人魚姫 35 総つく
持っていた器を落として盛大に割れた。
「未悠さん、大丈夫ですか?」
「‥えぇ、すみません‥‥」
しゃがみ込んで、破片を拾う。
「危ないから俺がしますよ」
「ダメ、西門さんの手は宝物だから‥‥」
慌てて制すれば‥‥薄く笑って
「西門さんか‥ふっ‥‥未悠さん‥‥未悠さんと蒼君とのコッツンは、どんな意味があるんですか?」
そう来たか‥そう来るよね‥そう来ないわけないよね。
何て答えようと思いあぐねれば‥
「俺は、大切だの意味に使ってますよ」
あたしを、真っ直ぐに見つめてそう言ってくる。
それなら何故あなたは、あたしを裏切ったの?
そんな風に聞きそうになって、慌てて言葉を呑み込んだ。
「それは、奇遇ですね‥‥うちでもそんな意味合いで使ってますよ。私達の世代に流行ったんですかね?」
すまし顔で答えれば
「‥‥ふっ‥どうなんでしょうね?」
訪れる沈黙‥‥
そして
破られる静寂‥‥
「未悠さん‥俺、どうやら未悠さんが気になって仕方ないみたいです‥‥おつまみ頂いていきますね」
お盆を持ってキッチンを出て行く。
洗剤を泡立てて、調理器具を洗う。一心不乱に‥‥‥
もう恋などしないと誓った筈だったのに。
倉科未悠になっても、またあなたに恋してる。
幾度も、幾度も、あなたに惹かれてしまう。
振り払う事など出来ないあたしの思い。
「未悠ちゃん」
あたしを呼ぶ声がして後ろを振り返れば、グラスを持った雪さんが立っている。
「お母さん‥‥」
雪さんの手がそっとあたしの背をさする。あの日のように。
〜〜〜〜〜〜
「さぁっ、そろそろ休憩にしましょう。今日は未悠ちゃんの好きな抹茶のシフォンケーキよ」
あたしの身体にマスキングテープを貼りながら、雪さんが今日のおやつを教えてくれる。
「わっ、嬉しい」
「小豆入りだから美味しいわよ」
シフォンケーキを口に入れた瞬間
「うっ‥‥」
吐き気が襲ってくる。
慌てて洗面所に飛び込んだ。
何も吐けないのに、ムカムカと気持ち悪くて‥‥
胸をさすれば、心配げな雪さんと目が合った。
「大丈夫?」
「あっ、はい。なんだかいきなり気持ち悪くなちゃって‥」
「‥‥‥ねぇ、未悠ちゃん‥あなたもしかして?」
「はいっ?」
「未悠ちゃん、あなた最後の生理はいつ来た?」
雪さんにそう問われ、指を折って数えた瞬間‥‥
えっ___ 暫く生理が来てないことに思い当たる。
ゴクッ
あたしの脳みそは、必死に言い訳を探してる。
だって‥先月ちゃんと生理あったよね? うんっいつもよりも短くて量も少なかったけど‥‥ちゃんと来た。今月は、ちょっと遅れてるけど‥‥
胸が張ってるのは? もうじき生理だからだよね?気持ちが悪いのもそうだよね。
必死に言い訳を考えている。
フワリと、雪さんの手があたしの背をさすりながら
「未悠ちゃん、病院に行ってみましょう」
「大丈夫です‥大丈夫です‥」
あたしは首を激しく左右に振る。
雪さんに連れらて行った病院で言われたのは
「10週に入る頃ですね」
「でも先生、先月はちゃんと生理が来てたんです」
「うーーん。着床出血だと思いますよ。いつもよりも量が少なくて、期間も短かかったでしょ?」
その後の言葉は、何も入ってこずに‥頭の中を “どうしよう どうしよう” がクルクルと回っていた。
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