月夜の人魚姫 36 総つく
「おめでとう」
そう声をかけてくれたのは、雪さんだった。
その瞬間‥‥あたしは、お腹の子が愛おしくて愛おしくてたまらなくなった。
「雪さん‥‥」
別荘に戻ったあたしと雪さんに、豪さんが温かいカモミールティーを入れてくれた。
「未悠ちゃん、お腹の子のお父さんは、遊君?」
あたしは、首を振る。
時期からも状況からも‥お腹の子の父親は、西門さんだったから。
「お腹の子のお父さんとは、話し合えるの?」
左右に首を振る。
「そう‥‥未悠ちゃんは、どうしたい?」
どうしたい?そう聞かれ‥‥
真っ先に思ったのは、お腹の子に会いたい。それだけだった。
この先、何も要らない。何も望まない。だからどうか、子の子に会わせて下さい。そんな思いだった。
「____産みたいです‥‥」
豪さんと雪さんは、コクンと一つ頷いてくれた。その顔を見て、あたしは、全てを話した。
実らなかった恋の事、辛い思い。全てを話した。
「そんな人の子でも、産みたい?」
雪さんにそう聞かれたけど、迷う事無く
「この子に会いたいです」
嘘偽りのない気持ちだった。
「___未悠ちゃん‥ちょっとだけ、あたし達の話を聞いてくれる?」
豪さんが、お茶を淹れて来るよ。そう言って席を立った。
「私達ね、小さな頃からの許嫁でバカみたいに好き合ってたの‥いいえ今でも豪さんの事が呆れる程に好きよ。多分‥豪さんも同じ気持ちだと思ってる」
雪さんは、綺麗な笑顔でそう話しはじめた。
「前にちょっと話したけど、私と豪‥ずっーっと金沢に居ると思ってたし、金沢で二人仲良く年をとる筈だったの。金沢が好きだったからね」
雪さんの大きな瞳に涙が光る。
「そんな大好きだった街が嫌いになったのは、あの子を失った時からだったわ」
2人のお嬢さんの名前は、未悠ちゃん‥偶然にも遊があたしに付けた名前と一緒の女の子だった。
「中々赤ちゃんが出来なくって、胚移植で未悠がお腹に宿った時、真っ先に浮かんだのは、今の未悠ちゃんと一緒でこの子に会いたい。それだけだった。幸せだった。未悠がお腹にいるって言うだけでね」
親ばかだけどね、そんな言葉を枕詞に
「可愛くて利発な子だったのよ。幸せだった。未悠が居て、豪さんと私と3人で」
不幸は、突然訪れた。
「少しの咳から始まったの。でもとっても元気だったのよ」
雪さんの瞳から、ボロボロと涙が零れる。
みるみる間に熱が上がり痙攣を起こしたのだと言う。
インフルエンザ脳症‥‥あっという間に幼い命を奪っていった。
「おめでたい時に、こんな話しごめんなさいね‥‥でも、きっとこの話をしないと、未悠ちゃんには伝わらないから」
豪さんの淹れてきたお茶を飲みながら
「暖君が、未悠ちゃんを連れて来た時‥未悠があたし達の元に帰って来てくれたそう思ったの」
豪さんが
「不思議な事に、君は未悠に、いや雪の若い頃によく似てるんだ」
「えぇ、暖君が未悠ちゃんを連れてきた晩‥実は二人で泣き合ったの。未悠が戻って来てくれたんだって」
「未悠ちゃん、話を聞く限りでは、君のお腹の子は歓迎されない子供のようだ。僕らなら君を守ってあげれる。無理にとは言わないけれど、君さえ良ければ僕らの娘にならないかい?」
お腹の中の命に会いたくて、あたしはコクンと頷いた。
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