月夜の人魚姫 38 総つく
「未悠ちゃん、もう無理しなくてもいいんじゃないの?」
あたしは、首を振る。愛しているのに、彼しか愛せないのに首を振る。
「あぁあ、私の娘は、本当に意地っ張りね。嫌になっちゃうわ」
そう言いながら、呟くようにフッと笑う。
意地っ張り。そうなのかもしれない。
でも‥‥あたしは、西門さんへの思いを必死に封じてきた。
それを今更‥‥はいそうですか。とは戻れない。
それに‥‥あたしの身体は、幾人の男にも抱かれたのだから。彼が愛してくれた〝牧野つくし〟ではない。
それに、蒼の事だって、西門さんの前妻さんのお子さんの事だってあるのだから。
必死に戻らない理由を探すあたしに
「未悠ちゃん、でも1年以内になんとかしないと、あなた暖君のお嫁さんにさせられちゃうわよ?」
涙が止まる。
___そうだった。
「お母さん__」
雪さんが、意地悪く微笑んで
「暖君は、こうすると決めたら突き進むからね。覚悟した方が良いわよ。どっちにしても蒼君の為にパパが居た方がいいし、私もそろそろ息子が欲しいしね」
「お母さん、あたし暖とは__」
「子供の事で?そんな事で断ったら、暖君に倉科潰されちゃうわよ。おぉ、怖い怖い」
戯けたあとに、優しく微笑んで
「戻れないなら、倉科未悠として進んでみたらどう?進んで嫌ならまた方向転換すればいいんだしね」
戻れないなら、倉科未悠として進む‥‥その言葉にハッとする。
「___お母さん‥‥」
「まぁ、取りあえず‥‥氷頂戴。氷。うふふっ」
「あっ、はい」
片付けを終え、部屋に戻れば瀬戸さんは就寝。
遊と西門さんの2人でウィスキーを煽っていた。
京子さんと雪さんは、仲良く2人並んで蒼の写真を見ていた。
一人ソファーに腰掛けてワインを傾ければ、雪さんと京子さんの話が聞こえて来る。
「蒼君、可愛いわね」
京子さんがポツリともらせば
「でしょ。でしょ。我が孫ながら、かなりのイケメンよね。うふふっ、頭もいいしお友達からもとっても人気があるのよ」
「いいわねー」
「あらっ、京子さんの所はお孫さんは?」
「長男の所に一人。向こうに養子に入ってるから、年に数回顔を会わせるくらいなのよ」
「あら?総二郎さんにはいらっしゃらないの?」
京子さんが、チラッと西門さんを見て
「えぇ__残念な事にね」
やはり、前妻さんが引き取っているのだろうか?
「あらっ、前の奥さんの所にいらっしゃるの?」
「前の奥さん‥?あぁ‥‥あの方、あの方は‥‥青い目で金髪の赤ちゃんを産まれたのよ__本当にビックリよ。うふふっ」
「えっ?」
思いのほかに大きな声が出ていたのか、皆の視線があたしに集まる。
慌てたあたしは、グラスを倒す。ワインの赤が、白いラグマットに滴り落ちる。
早く洗わないとシミになっちゃう。なんて場違いな事を思いながら‥‥
青い瞳と金髪の赤ちゃんを想像していた。
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