イノセント 04 司つく
「__今のは、どなたですか?」
そう問うていた。
「新堂はんの所の息子はんと、その彼女はんと仰っておりましたなぁ」
「どうかされはりましたか?」
「あっ、いや_女性の方が知り合いと似てましたので__」
「そうどすか、名前は確か__牧野さんとおっしゃっておられましたよ。いやー私の学生時代の友人の会社に勤めているとかで」
「北原さんの学生時代のご友人?」
「えぇ,昨年のプリツカー受賞者なんですよ」
「プリツカーのですか?」
「えぇ、私らの高校時代のマドンナ的存在でもあるんですよ。さっきのお嬢さんも立川に入るくらいなら、かなり優秀なんでしょうな」
北原は、少し酒に酔って赤くなった顔で男に答えた。
「__道明寺専務のお知り合いでいらっしゃりましたか?」
「いえ、良く似ていますが人違いのようです」
司の片頬が微かに上がる。まるで面白い獲物を見つけたとでも言うように。
***
雅哉とつくしを乗せたタクシーが目的地に着く。
「あれ?いつものお店じゃないの?」
「__うん。今日は、ちょっと話しておきたい事があるんで__いつもの所じゃないんだ」
不思議そうな表情を浮かべながらつくしは、雅哉の後を付いて歩く。
目の前には、重厚なドアが待ち構えていた。
ドアが開かれる。
黒服の男が雅哉の名前を呼び奥に通される。
司達に連れられて来た事のある会員制のバーを彷彿とさせる店構えだ。
カウンター席を通り過ぎ奥のVIPルームに通された。
大きなソファーに、雅哉と腰掛ける。
「つくしちゃん、シャンパンでいい?」
「あっ、うん_」
雅哉が手慣れた様子で黒服に注文をしているのをつくしは、ぼんやりと眺めていた。
シャンパンの栓が抜かれ、トクトクットクトクッ__バカラのシャンパングラスに注がれていく。
つくしに向けて、雅哉が軽くグラスを傾けてから、一気にグラスを煽った。
「雅哉さん?」
「あっ、ゴメン。ちょっと緊張してるみたい。__俺、実は……つくしちゃんにきちんと話して無かった事があるんだ_」
つくしは、小首を傾げながら雅哉を見つめた。
「俺の実家、関西で会社をしてるって言っただろ?」
「えぇ__」
「実は__新和建設なんだ」
「えっ?」
「ごめん。__言わなくっちゃいけないって思ってたんだけど……驚いたよね?」
つくしが神妙な面持ちでコクンと頷けば
「騙すつもりは無かったんだよ。ただ、実家の事を言うとあからさまに態度が変わる人がいるもんだから」
ゼネコン大手の新和建設の御曹司だと雅哉は、話す。目の前の雅哉は、つくしがあの日から極力避けてきた人種なのだ。
愕然とした面持ちでつくしが、グラスをテーブルに置き顔を伏せた。
「……つく‥ちゃん….つくしちゃん?」
雅哉がつくしの名を何度か呼んだ後やっとつくしは、顔を上げた
「あっ、ごめんなさい」
「ごめん。本当にごめん」
雅哉は、英徳の人間達とは違って御曹司に見えないほどに腰が低い。尊大な態度が全くと言っていい程にないのだ。
一般人では中々入り込めないような店に雅哉が連れて行ってくれるのを不思議には、感じていた。
ただ__
付き合い始めの頃、実家は会社経営をしていると聞いていたし、雅哉本人も大手に勤務するやり手社員の高級取りの美食家なのでそのせいだと思っていたのだ。
まさか、誰でも知っている様な会社の御曹司だとは、思いもよらなかった。
いや、もしかしたら見たくないもの、感じたくないものには、意識を注がないようにしていただけなのかもしれない。
つくしは、思考が停止したように……雅哉の顔をただただじっと見つめていた。
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