紅蓮 72 つかつく
宗谷の薄い唇が意地悪く上がりながら類の瞳を見つめている。
類は、柔らかく笑って
「__愛する人がありのままで居られることでしょうかね?失礼ですが……今の牧野は、牧野らしさが感じられないかと」
類の言葉を受けた宗谷がさも楽しそうに
「花沢さんは、つくしの何を見て、何を感じて、ありのままだとおっしゃるのですか?人は変わるものでは無いでしょうかね?現にあなた方だって学生の頃とは変わられたでしょう?」
宗谷の腕があたしの腰を抱き寄せる。
「えぇ、人は、変わるものだと言うのは重々承知していますよ。立場が人を変え、人を作り上げていくものだとも___ただ、俺等の見て来た牧野は、与えられた人生だからといって黙ってそれを受け止める様な女じゃない。ましてやそれを諦観して、享受するだけの女じゃない」
アタエラレタジンセイ
テイカン
キョウジュ
心の中を抉るように、それらの言葉が身体の中を駆け回り__あたしを傷つける。あたしの心が真っ赤な血を流し出す。
どうして_享受してはいけないの?どうして_あたしは、頑張らなければいけないの?
全てを受け入れれば楽になれると言うのに__なぜ、あたしだけが茨の道を歩まなければいけないの?
醜いあたしが溢れ出す。
そして___この時初めてあたしは理解した。
類の思いを、西門さんの思いを受け入れられなかった本当の理由を。
二人の事を大切だったから受け入れなかった__それは詭弁だ。
何も考えないで済む木偶でいられなくなるから。
だからあたしは、この二人の思いに見て見ぬ振りをする事を選び宗谷の手を取ったんだ。
あの時___司を思っていっぱいいっぱいの心が、身体が、悲鳴をあげていた。
司を愛して愛して愛し抜く気持ちが、恨みと憎みに変わっていきそうで__それが怖くて哀しくて……生身の女でいる事を捨てることを選んだ。綺麗事は要らないから__誰か楽にしてと。自分で願ったんだ。
彷徨って彷徨って泳ぎ疲れそうな心を宗谷に救われたんだ。
パズルが全て嵌るように……あたしは、己の心を宗谷と類の会話を聞いて理解した。
今の世界があの時選んだ〝自由〟なのだ。
「ふっふっふふ……」
思わず渇いた笑いが漏れていた。
シャンデリアの煌めきの中、5人の視線があたしに注がれる。
司の瞳が優しく愛おし気にあたしを見つめる。
司の瞳に映るあたしは、あの頃のあたしのままなのだろう___司は、真っ直ぐに輝くつくしに惹かれ、愛していたのだから……
そうでないと知ったなら?
恐怖が訪れる。
司があたしをもう永遠に愛さないかもしれないという恐怖が。
司の肉体を失うことだけでも耐えられなかったあたしの精神は、彼の心を失えば、本当に壊れてしまうだろう。
ならば……
過去の幻影でも構わないから今のままで、あたしを変わらずに見つめていて欲しい。
落胆の瞳など見たくない。
あなたの手を取らない。
これは、あたし自身が選ぶもう一つの〝自由〟なのかもしれない
視線をそらし、作り笑いを浮かべながら
「___今日は、家元就任のおめでたい席ですのよ。私の話ではなく家元のお話をしませんこと?ねっ」
模造の光がゆらゆらと輝きながら世界を彩っている。
次の瞬間___愛する司の声がする。
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