紅蓮 80 つかつく
この手を掴みたい。
なのに……あたしは、この手を掴まない事を知っている。
そう、全てが過去の事なのだから。
なのに、幾度も幾度も夢を見る。幾度も幾度も後悔に動かされた夢を見る。
あたしは、あの日あの時、愛する男が差し伸べてくれた手を取らなかったから。
何故? わからない。
ただ、差し伸べてくれた手を取れなかった。それだけだ。
あの朝____
朝もやと共に
「つくし、手筈は整ってる。俺と一緒に来てくれ」
そう言葉が繋がれた。
邸の中に大きな声が響いたのは、その時だった。
「今お呼び致しますのでお待ち下さいませ」
「宗谷様__お待ち下さいませ」
バタバタと声がして、大きな音が近づいて来る。
司が窓を開け放ちあたしの顔を見る
「つくし」
真っ直ぐに手を差し伸べてくる。
なのに、差し出された手を掴めなかった。
そうあたしは、足が竦み一歩も踏み出せなかったんだ。
邸の者達の声が足音が近づいてくる___
司が切なそう表情をして開け放された窓から部屋を飛び出した。
庭からは、茶樹の花の香りが漂っていた。
朝もやが太陽の光に押し包まれ消えて行く。
まるで、今までの時間が夢だったように、司の姿と共に跡形もなく消えて行く。
あたしは、開け放された窓をただただジッと見ていた。
スパーン
勢い良く襖が開けられて、一気に風が吹きぬけていく。
まるで淫らな匂いをかき消す様に___
宗谷が従者と共に部屋に入って来きて、薄衣を羽織っただけのあたしを一瞥したあと、腕を掴んで引き寄せた。
薄い唇が歪みながら言葉を紡ぐ。
「淫らだね......」
司のつけた赤い花びらを一つ一つ確認するように指を這わせた。
「__これは、誰がつけたモノなのかね?」
あたしは、項垂れながら首を振り続けた。
薄衣が剥ぎ取られ海の色の銘仙を羽織らせられて......あたしは、抱き上げられた。
騒ぎを聞きつけ部屋に入ってこようとした西門さんや桜子達を従者の手が阻んでいるのが見える。
宗谷は、それを制し
「後ほど正式にご連絡を入れさせて頂きますが妻は、連れて帰らせて頂きます」
あたしを抱きかえたまま……悠々と邸を後にした。
無言のままに車に乗せられる。
良くある日常の光景が車窓に映し出されている__
信号待ちで車が止まった瞬間__
「逃げたいかい?」
窓の外を眺めていたあたしを抱きすくめながら、そう問うてくる。
逃げたい?
司の手を取る事が出来なかったあたしがどこに逃げると言うのだ。
「逃げたいのなら、このドアを開けてあげるよ」
薄い唇から言葉が漏れる。
扉を開ければ自由になれる___だけど、あたしの身体は動かない。
宗谷の2本の指が、あたしの唇をスッと撫でた後……こじ開ける様に口の中に入って来る。2本の指先があたしの喉元まで挿れられる。指がゆっくりとゆっくりと抜き差しされる。
「__うっ__」
喉まで衝かれて......むせ返りそうになりながらも宗谷の指先を受け止める。
宗谷の顔が満足げに揺れた丁度その時___信号が青に変わって車が発進した。
要塞のような門をくぐり抜け、本丸に続く扉が左右に開かれる。
地獄の入り口……美しい庭や屋敷は、全てまやかしだ。
玄関に車が止まった瞬間、永瀬が走り寄って来てあたしを迎え入れる。
侍女達の手で全身が洗われ、香油が擦り込まれていく。隈無く全身に……
真っ白なワンピースが着せられる。
「つくし奥様__」
永瀬に促され長い長い廻り廊下を歩く。
窓の外には、燦々と日が射している。庭の花木の周りを沢山の蝶が舞っている__
何故これほどに蝶が舞っているの?驚いて永瀬の顔を見れば
「温室の蝶を一斉に放たせました故に......」
美しい蝶がひらひらと舞っている。
雲ひとつない青空の下をひらひらひらひら舞っている。
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