修羅 6 総つく
夜が明けてしまったら、後戻り出来なくなってしまうから。
総と2人で朝を迎えたのは、最初の一回だけ。
あたしは、総と2人で朝を迎え幸せを感じた。
だから、もう2度と総と朝を一緒に迎えないと心に決めた。
これ以上、この男を愛さないように、心に決めた。
だから会うのは、日曜の夜。
月曜のあたしには、仕事がある。
総の元を離れてもあたしは大丈夫と思う為に。
あたしは、男の腕の中からスルリとすり抜け、身支度をする。
愛する男ともう一度口づけを交わしたいと思いながら‥…
女が、俺の腕の中からするりと逃げる。
俺は、女に気づかれぬ様に寝たふりをする。
女は、最初の朝以外決して2人で朝を迎えはしない。
淋しさが身体に染みる。
2人で朝を迎えたら、何かが壊れてしまう気がして
束の間の幸せを失う事が怖くて、俺は寝たふりを続ける。
目の前の女の全ての夜を、朝を手に入れたいと願いながら寝た振りを続ける。
カチリッ
彼女が部屋を出て行く音がする。
俺は起き上がり、窓辺に立つ。そっと女を見送るために
「あぁーー 俺ってヘタレな野郎だよな」
自嘲しながら一人呟く。
***
「つくし おはよー」
「先輩、おはようございます。」
「滋さん、桜子 おはよう。」
月曜の朝が始まる。
「ねぇねぇ、そう言えば、司帰って来たんだって?」
「えぇ、そうみたい。昨日類を迎えに行った後、偶然メープルで遇ったよ」
「先輩いかがでしたか?」
「えっ” 桜子いかがって、いかがも何もないよ。あっ、でも仕事は貰えそうだよ。アポとれって言ってたよ。後で連絡してみるよ。」
「大口契約?それは有り難いねー」
「どうだろうねー? まぁ頑張って契約に漕ぎ着けるよう努力するよ。」
3人で執務室から出て、定例会議用の部屋に向う。
「大河原代表、牧野社長、三条専務 おはようございます。」
「「「おはようございます」」」
月曜の朝が始まる。
あたしを裏切らない世界の朝が始まる。
***
「あぁ お腹いっぱい。美味しかったね〜」
「えぇ、飲食部門に参入して良かったですわ。」
「そうだね〜 格段に社食の味が上がったもんねー さすがつくし。食い意地はってるだけあるね〜」
「あははっ、2人が前の委託先だと不味い不味いって五月蝿いんだもん。そりゃーあたしも考えるっつーの。」
「そのお陰で、飲食部門の売上げも順調で、株価も上昇しましたでしょ?」
「ははっー 2人のお陰です。」
セレブな2人の感覚をあたしの庶民の感覚で、商売にしていく。
あたし達の会社は時代の流れに乗る事が出来、急激に成長した。
滋さんと桜子の美貌を生かして、広告塔として使わせて貰っている。
2人の顔が載らない女性誌は無い程、いまや若い世代の憧れの的だ。
飲食部門についで、コスメ部門、ランジェリー部門にも今秋参入する事が出来た。
売上げも中々順調だ。
美のカリスマ 三条桜子
女性誌に載り始め、名前が知れ渡ると同時に、自らの整形をカミングアウトし、噂を恐れる者から武器に変えた。
綺麗になりたいと言う世の女性の共感を呼び、彼女が語る美の世界は絶大なる人気を誇っている。
昨年から、美への誘い と題して コラムの連載もしている。コラムを扱った女性誌は、雑誌低迷なこの時代にも関わらず売上げ倍増になったほどだ。コラムと彼女の姿を収めた書籍は、増版を重ねている。
桜子の素晴らしい所は、自社の商品だけではなく、他社の良いと思った商品もバンバンと押し出していく姿だ。売上げが上がり、感謝した企業からコラボレーションを打診され、成功を収めている。
最初、自社以外の製品のお勧めをする事に,難色を示していた男性役員達もこの展開に、手の平を返したようにただただ、感服している。
美貌の経営者 大河原滋
どこに出ても物怖じしない生粋のお嬢様、大河原滋。
ナチュラルビューティーを信条に、仕事をこなす滋の姿に憧れる女性達。
様々なビジネスシーンのスーツを美しく着こなす姿が女性誌に載る。彼女が着用したスーツは、瞬く間にsould out になるほどだ。
大河原からの資金援助を瞬く間に返済し、今年株式上場する事にも成功した。設立4年での株式上場は世間でも社交界でもかなりの話題にのぼった。
謎の女 牧野つくし
表舞台には立たず、一切合切を取り仕切る女の存在が巷を駆け巡る。
広告塔2人を従えて、会社を確実に大きくしていく女。 陰の首謀者と噂される謎の女。
大学在学中に公認会計士の資格をとった、やり手と噂される女。
Sunny Spot それが彼女等の会社の名前だ。
***
月曜の昼下がり、あたしは道明寺に電話をかける。
プライベートな番号も貰ったが、会社の方に電話をかける。
RRR‥…
「SunnySupotの牧野と申しますが、道明寺日本支社長にお取り次ぎを頂きたいのですが‥…」
「はい。伺っております。少々お待ち下さいませ。」
内線に変わり、懐かしい声が受話器から聞こえる
「くっくっ やっぱり会社宛か お前らしいやな、部下に話しを通しておいて大正解だな」
道明寺の楽しげな声がする。
「昨晩はお先に失礼致しました。改めて大河原、三条とお伺いさせて頂きたいのですが‥…」
「あぁーいつでもいいぞ。って、いいたい所だが、明後日の6時でどうだ?」
手帳を見て確認する。3人ともその時間帯なら大丈夫だ。
「はい。宜しくお願い致します。」
約束を取り付け、電話を切ろうとした瞬間‥…
道明寺の声がした
「牧野‥お前‥…あっ、いや何でもねぇ、じゃぁ明後日6時な。」
「はい。では失礼致します。」
電話を切った後
道明寺に遇い、再び連絡をとるようになる事に驚く。
それよりももっと驚いたのが、あいつの顔をみても声を聞いても動揺しなかった事だ。
あたしはいつの間にか、道明寺への思いを終わらせている事が出来ていたんだ。
過去の大切な思い出としてきちんと仕舞う事が出来ていたんだ。
安堵とともに‥…あたしは愕然とする。
だってあいつを忘れる事がきちんと出来たのは、総に対する愛情が深くなったからだ。と解ったからだ。
あたしはあたしの気持ちに改めて気が付き戦く。
もう、身分違いの恋はしないと決めていたのに‥…
あたしは総の事を、深く深く愛してしまっていた事に気が付き、絶望の淵に立たされる。
総の躯に魅了され、離れられないだけだと思っていた。いや思い込もうとしていた。躯だけの逢瀬を重ね、二人の関係は躯だけの関係だと思い込もうとしていた。
あたしは総を総の全てをいつの間にか、愛してしまっていたのだ。
「社長、社長、牧野社長どうされましたか?」
秘書に呼ばれ、あたしの意識は舞い戻る。
「ごめんなさい。ちょっとぼぉっとしちゃってたわ。」
「あっ、大河原代表と三条専務に明後日の6時に道明寺HDに伺いますので、そのようにスケジュールの調整をお願いします。」
「はい。」
窓の外を見る。今にも一雨きそうな空模様だ‥…
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