イノセント 08 司つく
掃除、洗濯、買い物に常備菜作り。
ここに引っ越しを決めたのは、駅から明るい所を通って帰れるのにも関わらず太陽が良く当たる事と、ダイニングキッチン、バス、トイレがきちんと独立してる事だった。お給料の半分近くを家賃と光熱費が占める事になるがつくしは、この暮らしに至極満足していた。
快適な住まいとやり甲斐のある仕事__そして安心出来る雅哉という恋人の存在。つくしはやっと辛かった想いに終止符をうち__幸せを掴み始めていた筈だった。
*****
真っ青な空に白いシーツがハタハタと揺れている。
夏の日差しは、あっという間に洗濯ものを乾かしてくれる。
小分けにした常備菜と、炊いたご飯を冷凍庫に仕舞い、身の回りのものに丁寧にアイロンがけをする。全ての家事をやり終えたあとCAD を立ち上げコンペ用の図面を描いていく。
高3の時、通学途中の駅に新設された美術館__中の絵や彫刻より衝撃を受けたのが美術館の建物だった。
強くて大胆で繊細。
立川の作品を初めて目にした時のつくしの感想だ。暫し時間も忘れその建物を見つめていた。その作品が女性の設計だと知った時、酷く感銘を受けこの道に進みたい。この女性のように強く生きたいと願ったのだ。
死に物狂いで勉強をして国立大の建設学科に進んだ。在学中に幾つかの資格も収得した。少しでも立川に近づきたいと願ったのだ。勉学とバイトに明け暮れた4年間だった。
立川設計事務所に勤める事が出来たのは、とても幸運な事だと思っている。立川美幸は、つくしにとって全てが憧れの存在だった。昨年は念願だったプリツカー受賞も果たし順風満帆な建築家人生を謳歌している。
根っからの建築家__家族は持たず仕事が恋人のような女性だ。
仕事に没頭する時は、一日の睡眠時間は3~4時間に削り事務所で寝起きする事は勿論、食事さえ取らない事も多々ある程だ。
そんな時、つくしは立川に片手でも食べれるようなものを作って差し入れる。純粋な好意故のものなのだが仕事が一段落すると日頃のお礼だと言いながら、つくしを誘って美味しいものを食べに連れ歩く。
雅哉と知り合ったのも立川に連れられて行った先の店だった。同業種と言う事もあり、その後何度か2人で出掛ける様になり付き合いが始まったのだ。
「立川先生、雅哉さんのお家の事知ってたって事か……」
漸く柔らいできた太陽の光を見ながら呟いた__だからどうだ?と問われれば、どうと言ったこともないのだけれど、何となく釈然としない思いに囚われながら。
「__立川先生、教えてくれれば良かったのに」
もう一度口にしてから……はたと思ったのが雅哉がもしも最初から新和建設の息子だと紹介されていたら好きになってていただろうか?そんな事だった。
つくしは、誰にともなく頭を振って、今考えていた事を頭の隅に追いやってた。
冷めたコーヒーを口にする。
「苦っ」
いつも飲んでるブラックコーヒーがなぜかその時のつくしには、いつもよりも苦く感じられてカップの底を見た。
窓辺の太陽は、夕暮れ色に変わっていく。
もうじき夜がやってくる__
全てを包み込む夜が
いや、全てを覆い隠す夜が__
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