イノセント 13 司つく
玄関を開けるとむわっとした空気が身体に纏わりついた。
「ふぅっーー 暑い」
エアコンのスイッチを付け、お風呂のスイッチを押してから化粧を落とした。
纏めていた髪を解けば、サラサラと黒髪が揺れる。
……昼間の事を反芻する。
予期せぬ司との再会に、息が止まるかと思う程に驚き咄嗟に立川の後ろに隠れてしまったことを思い出していた。男は、つくしの事などまるで覚えてなどいなかった。
会えばあの時のように否定的な言葉を投げ付けられるのじゃないかと戦々恐々した自分を笑う。
否定的な言葉をかけられるどころか___
「……全くの他人を見る目だったのにね」
つくしは、鏡に映った自分に自嘲気味に一人呟いたあと、いやこれで良かったのだと__己を納得させた。
道明寺HDの仕事が決まれば、竣工まで4年近くの年月道明寺HDと繋がりがある事になるだろう。大きな仕事に一から関われる事は、これからのつくしにとって飛躍のチャンスになるのだから。その4年間が無事に過ぎるためには、クライアントの社長とは友好関係とまではいかなくとも嫌われてはいけないのだ。見ず知らずの人間で構わないのだ。
「ふうっ」
大きな溜め息を一つ吐きお風呂に入る。
つくしには、幾つかの癖がある。
頭や心にモヤモヤしたものが溜まるとゴシゴシとゴシゴシと髪を洗うのだ__馴染みの美容師さんには、もっと丁寧に洗った方がいいと教わったが、心や頭がモヤモヤとした時には、相変わらずゴシゴシと髪を洗っている。
頭の先から爪先までアワアワになってから勢い良くシャワーを浴びると、心や頭のモヤモヤまで綺麗さっぱり洗い流してくれる気がするからだ。
全て洗い流した筈なのに__
それでも解れていかない心を持て余し湯船の中に漂う......
ゆらゆらと漂う。
ポチャンッ
ピチャンッ
ポチャンッ
蛇口の水が音を立てて湯船に落ちる。
「ふぅっーーー」
蛇口を閉めなおしながらまた一つ大きな溜め息を吐いた。
お風呂から上がったつくしは、冷蔵庫から良く冷えたモヒートを取り出す。
ゴクリッ
ミントの香りが口の中に広がっていく。
作り置きしてあった鶏ハムと野菜、刻んだ搾菜をのせた冷や奴、枝豆をテーブルに並べ
「ザ・庶民の晩餐」
そんな軽口を叩きながら、2口目のモヒートを口に付ける__
少しだけ開いたカーテンから十六夜の月が見えた。
「うんっ?あれっ?あたし今朝こっちのカーテン開けたっけ?やだっ、昨日から?」
シャー
立ち上がりカーテンを閉める。何とも言えない不安な気持ちに包まれていく。
RRRRR...... スマホのベルが鳴る。
驚きながら画面を見れば、雅哉の名前が表示されている。ホッと胸を撫で下ろしながら
「__あぁ、雅哉さん__ううん。大丈夫。うん、元気だよ。雅哉さんは?」
受話器の向こうの雅哉がつくしに近況と愛の言葉を囁く。つくしは、ほんのりと頬を染めながら
「うん。うふふっ__ううん。ありがとう……じゃぁ、来週だね。うん。楽しみにしてる。うん__」
話し終えたつくしは、先程感じた違和感をすっかりと忘れていた。
日常の中に、ゆるりゆるりと不穏な何かが忍び込んでくる。
つくしは、まだ気が付かない。
少しずつ日常が崩れだしていることに。
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