イノセント 14 司つく

ジリジリジリーン

いつもの朝がやってくる……ベッドで微睡みながら今日を思い浮かべる。

午後からは、立川と共に道明寺HDに向かい先日見せた数パターンのイメージ画に対しての最終的な判断を仰ぐ形になっている。本決まりになれば設計管理とし新和が加わる予定だ。

新和が道明寺の新事業に加わるという噂は、すでに業界内に流れこのふた月近く下降の一途を辿っていた株価もここにきて盛り返しを見せている。
契約が締結されれば今期分の損失をカバーするどころか、大手ゼネコンの立ち位置からスーパーゼネコンへの次なる飛躍が待っているのではと期待されている。

今日の案が通れば後日、新和建設東京支社長に就任が決まった雅哉と共に道明寺HDをもう一度訪れる形になるだろう。


「何の因果か＿＿前彼と今彼か……」
ポツリと呟いてからつくしは、首を振り

「前彼って記憶があるわけじゃないしね＿＿関係ないかっ」

勢いをつけてベッドから飛び起きた。

朝食を済ませ、紺色のカシュクールワンピースにベージュのジャケットを羽織って家を出た。
腕には、シルバーダイヤルのデイトジャストを嵌める。一級建築士に合格した際に、自分へのご褒美として奮発したものだこの時計を腕に嵌める度つくしは、とても誇らしい気持ちになる。

雅哉と意気投合した事の一つにこの時計も加担している。立川の紹介で出会った時、２人とも同じ時計をつけていたのだ。
聞けば彼もまたつくしと同じで一級建築士を取った記念に買ったのだとバックケースに彫られた刻印を見せてくれた。

好みの作家や映画が一緒で同業者＿＿展覧会やセレモニーパーティなどで何度か会う機会が重なりお茶のみ友達から食事を共にする中へ、そして恋人へと自然と距離が縮まり現在に至るのだ。

春の日差しのような穏やかな関係。ほんわりと心が温ぬくまるような間柄なのだ。

激しい愛はないけれど……



＊＊＊＊＊

「牧野、そろそろ行くわよ」
「はい。先生」

立川の運転する車に乗り込んで道明寺HDに向かう。

司と再会を果たした日からひと月余りの間に何度か道明寺HDを訪れているが最初の日以外＿＿今の所、司と同席をする事はなかった。

担当者の松永達と打ち合わせがされ、幾つかの要望が立川とつくしに伝えられて行く。

「＿＿それと、立川先生にお願いと申しますか、契約締結へ向けて我が社から御社への決定事項と申しますか……」

「はい？なにか？」

「はい＿＿御社並びに新和建設さんと我が社のパイプライン役として、牧野つくしさんを出向させて頂きたいのですが」

「はいっ？それはどうしてでしょうか？」

立川の声が尖れば

「今回の都市開発に関しまして我が社もかなりの冒険をしております＿＿先生のご要望で新和建設さんの採用……しかもあの様な噂が流れた後の起用ですので＿＿こちら側から頼んでおきながら大変恐縮ですが……このお話をお受け頂けないようでしたら新和建設の起用は、なかった事にして頂きたいかと＿＿」

「それは、牧野では無いといけないのでしょうか？」

立川の問いに

「はい。今回、先生にご依頼させて頂く際にアシスタントに着くものの条件を幾つか出させて頂いたかと思います」

「えぇ」

「それで＿＿牧野さんをお選び頂いて我が社に連れて来られたのですよね？」

「えぇそれは、そうですが……牧野は、まだ経験も浅いですし、まだまだ未熟な所が多々ありますので……」

「いえいえ、このひと月程牧野さんとは先生がいらっしゃらない席でも幾度となく打ち合わせをさせて頂いております。その上での判断と思って頂きたいかと……」

ピーンと張りつめた空気が流れる。窓の外には真っ赤な夕焼け空が広がっている。

少しずつ……何かが変わっていく。





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