No.036 小さな花とコーヒーと。 by hortensiaさま
幸せを感じて振り向けば__
あなたがいる。
そんな愛がここにある。
昼飯を食い終わった、日曜日の昼下がり。
あいつは台所で何やら鼻歌を歌いながら、皿を洗ってる。
その楽し気に小さく揺れる背中を見ていたら、独りでにふふふと笑ってしまった。
こんな詰まらない家事しながらも楽しそうって、ホントこいつはお幸せなオンナだよな。
波乱万丈の人生。
きっと高校時代から今まであった出来事を、知らない奴に話してやったら、そう言われるに決まってる。
山あり谷ありのエピソードがぎっしり詰まったこの10年を、何の重荷とも思わずに、あっさり過去の思い出へと変換して、今をマイペースに生きてる。
きっとこいつの心臓には毛が生えているに違いない。
でもそんなところが、俺からするととても眩しい。
その逞しさは自分には無いものだから。
余計に眩しく感じられるんだろう。
皿洗いを終えて、手をタオルで拭きながら、こっちを向いて「ねえ、コーヒーでも淹れよっか?」と聞いてきた。
ホントは自分が何か甘い物でも食べたい気分なんだろうけど。
そこは敢えて突っ込まず、「ああ、いいな。」と言ってやる。
「うん!待っててー!」とにっこり笑って頷いて。
いそいそとコーヒーと茶菓子の用意をしてるから、俺はまた笑いが込み上げてくるのを必死に押し殺すんだ。
向かい合って座るダイニングテーブルの上には、こいつが花屋で買ってきたという、小さなブーケが挿してある。
オレンジ色のガーベラと吾亦紅を組み合わせたそれは、俺からするとちょーっと違和感があるけれど、買ってきた本人はそのミスマッチが気に入っているらしい。
暖かな色の花を間に挟んでの、午後のコーヒーブレイク。
思った通り、コーヒーよりも一緒に出してきたクッキーに夢中なこいつを見詰めながら、自分の喉を潤した。
「なあに?そんなにこっち見て。あたし、なんか顔に付いてる?」
片手に食べ掛けのクッキー。
そして反対の掌で、顔を撫でている。
「いや、別に。美味そうに食うなぁって思っただけ。」
「だってこれ、ホントに美味しいんだもん。
夢子さんのお菓子作り教室行ってると、あたし太っちゃいそう!
美作さんちの人達はあんな美味しいお菓子がいつも溢れてるのに、どうやってスタイル維持してるんだろ?」
菓子なんて、ちょっと摘むもの。
お前みたいにバリボリ大量に食ったりしねえんだよ・・・と口にしない俺は優しいよな。
「お前、ちょっと太ったっていいんじゃねえの?
男としてはもうちょい触り心地がふっくらした方がソソるっつーか、気分が上がるっつーか・・・」
そんな事を言いながら、あって欲しい身体の丸みをうっかり手振りで示してしまったもんだから、お決まりの台詞が飛んでくる。
「こっ・・・のエロ門ぉっ!
余計なお世話よ!」
顔を真っ赤に染めて憤慨してる、未だに初心なこいつ。
そんな女も、桜の花が咲く頃に『西門つくし』になる。
「エロ門、エロ門言うけど。
そんな俺のとこに嫁いで来るんだから、お前もエロ門になっちまうんだぜ。
いいのか、それで。」
「いい訳ないでしょ!
あたしがなるのは西門つくし!
エロ門は名字じゃなくて、西門さんの肩書きみたいなものでしょうが!」
そんな馬鹿な。
俺には既に西門流次期家元っつー、それなりの肩書きがあるんだって。
そもそもそんな呼び方してるのはこいつだけだし。
うーん、でもある意味合ってんのか?
俺がエロいことするのは、こいつにだけなんだから。
「若奥様になる自覚、出てきたんだ?
西門つくしさん。」
「まだ西門じゃない!」
「もうすぐそう呼ばれるだろ?
俺と同じ名字になるのってどうよ?
嬉しいモン?」
「べっつに!」
ぷりぷりと可愛く怒っている未来の新妻に、揶揄いではなく、俺の心からの言葉を贈る。
「俺は嬉しいよ、つくしちゃん。
滅茶苦茶嬉しい。」
そう言った俺と、ちろりと一瞬目を合わせて。
ぱっとそっぽを向いた、その頬がどんどん紅く色付くから。
俺はじんわりと幸せな気持ちで満たされてく。
こいつの今迄の人生。
楽しい事も嬉しい事もあったろうけど、きっとそれよりも沢山の辛く悲しい事があって。
強がりで意地っ張りなこいつは、独りで数えきれない程涙を流してきたんだと思う。
でも今こうして穏やかに笑い合える時が巡ってきた。
こいつがいつも笑顔の花を咲かせられるように、持ち切れない程の幸せでまるっとこいつを包んじまおう。
それを壊さないように守るのが俺の役目だ。
だからこれからはずっと2人で。
いつも2人で歩いていこう。
きっと何物にも代えられない、素晴らしい日々が始まる。
-fin-
愛しい心に終わりはない


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