No.041 リアルシンデレラストーリー by オダワラアキさま
心細さが愛を慕らせる?
一番幸せなのは__
どっち?
年末の慌ただしいこの時期──恒例とも言えるこの行事。
「忘年会……?」
何それ、とでも言うように首を傾げるこの男には、今まで触れる機会のない行事であったらしい。
ワイン片手にソファーに座りテレビを見ながら寛いでいる時間、テレビに向けられていた目がつくしへと移る。
手に持っていたワインを向かいのローテーブルに置き、説明を求めるように類の手が隣に座るつくしの腰へと回された。
「そう。会社のね、仕事終わりにそのまま忘年会参加するから、帰るのちょっと遅くなるよ」
「ふうん……ねぇそれって何をする会なの?」
やはり知らなかったかと、つくしは予想していたものの何と説明すればいいのかと思案顔を向けた。
あながち間違ってはいないが、会社の人間に嫉妬深い彼氏がいると思われているつくしは、いつも飲み会には不参加である。
しかし、社会人としてある程度の付き合いは仕方がないのだという常識はあるのだが、類に分かってもらう説明をと言われると困るのだ。
忘年会とはいえ、することはいつもの飲み会と変わらない。
そこにいつもはあまり参加することのない、部長や課長といった管理職の人間が顔を出すこと以外は。
「えっとぉ…みんなで食事しながら、嫌なことを忘れて新しい気持ちで新年を迎えるために労う会…かな」
「嫌なことを忘れて?それ誰が来るの?」
うん…まあ…そう来るよね──。
「部署の人全員来るよ…普段は来られない人も忘年会くらいは参加しないとね。一応付き合いもあるから」
これで納得してくれないかなと、上目遣いに隣に座る類を見上げれば、そう簡単にいくわけはなかったようで、納得のいかない顔つきで類が顎に手を当てて考える仕草をする。
それがいちいち絵になっていて、まるでドラマのワンシーンを見ているかのようだ。
男らしく無駄な部分など全くないシャープな輪郭と、自分で手入れしているわけでもないのに綺麗な肌、長い睫毛の奥にある日本人にしては茶色がかった瞳に、何年経ってもつくしは初恋のように胸をときめかせてしまう。
「それって管理職も参加するってこと?」
類の言葉に気持ちを切り替え言い訳を考えるが、そもそもつくしが類を言いくるめられたことなどありはしない。
「そ、そうだけど…っ。いや、うん…やっぱり断ろうかな…?」
「管理職も参加するってことは、役員も参加してもいいってことだよね?」
「それは……えーと……幹事に聞いてみないと…」
「幹事って誰?」
「…………あたし、です」
つくしの考えなど等にお見通しだったのか、口元を微かに上げた類が告げる。
「俺も参加するね」
*
「つくしどうしたの?今日なんか暗くない?」
同僚の明日花が心配そうにつくしの顔を覗き込む。
12月28日、今年も仕事が何事もなく無事に終わりに近づき、皆明日からの休みに向けて浮き足立っていた。
デスクの片付けも終わり、今年最後の給湯室でのコーヒータイムに、本来ならば明日からの休みについての話題で盛り上がるところであった。
そんな中、つくしだけは一日中ため息をつき、肩を落としていたのだから明日花が心配するのも当然である。
「あ〜ごめん。何でもないんだけどね…」
「分かった!つくしの超ヤキモチ焼きの彼氏に、今日の忘年会のこと怒られたんでしょ?」
当たらずとも遠からず…であるが、つくしの気持ちとしては来年からどうしよう、皆に何と言われるか…である。
類と付き合っていることもバレずに、新入社員として平穏に過ごしていた数ヶ月。
類は隠している意味が分からないと度々言ってはいたが、つくしの希望に沿うようにしてくれてはいた。
一緒に暮らしているのだし、デートするのも休みの日ばかりであるから、わざわざ会社に言わなくても不便に思うことはなかった。
英徳在学中F4と関わるとどういうことになるかを目の当たりにしているつくしは、なるべく目立つことは避けたかっただけなのだ。
しかし、類としては不満に思っていたのだろう。
周りの男性社員の話すら、類の機嫌を損ねるものだから家でもタブーとされていたほどだ。
虎視眈々と人目を憚らず、俺のもの宣言するのを狙っていたのかもしれない。
つくしにだって、あたしのもの宣言したい…そう思う気持ちはある、むしろ類よりも。
あれだけモテる男を恋人に持ち不安に思うのはつくしの方だ。
類のことを好きになるだけ、不安になる────。
「つくしの彼氏って謎だよね〜知ってる?つくしって結構モテるからさ、それを避けるためのブラフなんじゃないかって噂もあるの」
「はぁ?モテるわけないじゃん」
明日花はやれやれと肩を竦めるが、つくしには本当に自覚がなかった。
新入社員として働き始めてから、男性社員に言い寄られたことなど皆無であったし、特に何ということはない日常会話程度しか話をしていない。
「何言ってるの…情報はとっくに上がってるんだから!営業の徳井さん、開発の杉山さん、販促の増田さん!知らないとは言わせないわよ?」
「そりゃ知ってるけど…」
三人はつくしが入社しお世話になった先輩だ。
他部署ではあったが話す機会も多く、世間話程度には話をすることもある。
「そういう意味じゃなくて!徳井さんなんて、つくしに恋人がいたって奪う気満々でいったのに、相手にもされなかったって結構落ち込んでたわよ?ほら、あの人結構自分に自信があるナルシストなところあるし、余計にね。でも専務に次いで人気のある社員なんだから」
「そうなんだ…」
「そうなんだ、じゃなくて!はぁぁぁ〜報われないなぁ〜。徳井さんが可哀想になってくるよ」
明日花には申し訳ないが、つくしの頭の中には類のことしかない。
今日の忘年会で、何とか類との関係をバレずに済む方法はないかと考えるのに必死だ。
そんな方法ありはしないけれど。
*
「えっ!嘘っ!!なんで!?」
「牧野さん、幹事だよね!どうして今日専務も参加するって教えてくれなかったの!?こんな格好で来ちゃったじゃない!」
「やだ〜せめて化粧直ししてくる!」
「あたしもっ!」
バタバタと女性社員が他の男性社員そっちのけで化粧室に詰めかける。
中にはちょっと退いてと、背中を押されている男性社員もいて可哀想になってくるほどだ。
つくしはまざまざと類の人気を見せ付けられたような気もして、店に入ってくるなり部長と課長の間に挟まれた類と目を合わせないまま、全く美味しく感じないカクテルを口に含んだ。
管理職には場の混乱を防ぐため、予め専務である類が忘年会へ参加することを伝えておいたためか、部下に勧められても部長は酒を一滴も飲まなかった。
類が来る前に酔っ払いでもしたらまずいと思ったのだろう、今では熱心に類へお酌をしている。
つくしは何をしたわけでもないのに、ドッと疲れが押し寄せ重くため息をつく。
ちょうど席を外していた女性社員たちがおしゃべりに花を咲かせながら席に戻った。
しかし元いた席に戻るわけではなく、全員がなるべく類の近くへ座ろうと、見えないところで争奪戦が繰り広げられていた。
「つくし知ってた?専務が来ること」
「あ〜まぁ、一応幹事だからね」
そこまで類に興味がなかったのか、空いたつくしの向かいに腰を下ろした明日花が声を潜めて問う。
周りの男性社員も女性社員の殆ど全員が類のところへ行ってしまったために、肩を落としてつくしと明日花の会話に耳を澄ませていた。
「つくしは興味ないんだね〜専務に」
興味ないどころか、本当は類にしか興味がないのだが、この場でそれを言えるはずもない。
しかし、店に着いてすぐバレるものだと思っていたが、類がつくしと知り合いであるというような態度を取らなかったため、周りに怪しまれることは全くなかった。
「興味ないっていうか…やっぱり…ちょっと、遠い人だよね」
付き合いの長さで類のことを知れば知るほど、彼がどれだけつくしと遠くにいるのかを知ることになった。
家柄、教育…何もかもが違い過ぎる。
そんなことは考えたくはなかったが、いつか別れる時のために周囲に話せないでいたのかもしれないとすら思った。
「まぁね〜ああいう人と付き合えたら、まさしく現代のシンデレラなんだろうけど…所詮は夢だよね」
「そうだよ…」
夢なんかじゃない、今類と恋人で一緒に暮らしていて、彼からも愛されてると声に出して言いたくとも、つくしの口からは声にならないため息しか出てこない。
「だよな!俺もそう思う…ってことでどう?現実的な俺とか?」
いつの間に隣に座っていたのか、営業部の徳井がつくしに話し掛ける。
気がつけばつくしも明日花も周りを男性社員に固められていた。
フロア合同の忘年会であったから、出席者は100名近くになり中には話したことのない社員もいたのだが、初めは皆同じ部署同士で座り、類の登場で女性社員が一斉に席を立ったことで、皆思い思いに席を移動し始めたらしい。
「そうそう。あっちは所詮夢、こっちはすぐ手が届くし…お買い得だと思うけどな」
「牧野さん、まだ彼氏とは続いてるの?アクセサリーとか全然してないけど、クリスマスプレゼントとかくれないんだ?」
全くもって余計なお世話だが、企画開発部の杉山と販売促進部の増田には色々と世話になっている手前、つくしは曖昧に笑うしかなかった。
あまり派手なアクセサリー等を好まないつくしにと、類からはクリスマスプレゼントに普段使いの出来るピアスを貰ったのだが、常に仕事中髪を下ろしているため、周りに気が付かれることはなかった。
周りに見せびらかしたいとは思わないが、類のことを悪く言われるのは酷く不快に思う。
「貰いましたよ…でも、忙しい人だから物よりも一緒に過ごせる方が嬉しいです」
悔しい気持ちもあったのかもしれない。
今まで何を聞かれても曖昧にし明言を避けていたつくしが、恋人の存在を匂わせるようなことを言うと、明日花や徳井たちが驚愕の表情を見せた。
「へぇ〜やっぱり彼氏いるんだ?どんな奴?」
「私も聞きたい!ね、ね…まさか隠してたのは同じ会社だから、とか?」
妙なところで鋭い明日花に言われ、つくしはギクリと肩を強張らせる。
それは肯定しているも同義で、明日花があからさまに目を輝かせる。
「ち、違…っ…」
「へぇぇぇ、同じ会社かぁ。そうだよね…だったら隠すのちょっとは分かるかも」
「分かる?」
明日花の言葉に男3人は、確かになと頷いていた。
「そりゃそうだよ!だって別れたりしたら気まずいじゃん!だから、結婚するまでは言わないよね」
「ああ…男の方もそう思ってるから言わないってこともあるしな」
「そう、なのかな…」
類が今日つくしのことを知らないふりしてくれているのも、別れた後につくしが気まずくならないようになのだろうか。
愛されていると思っていた、その気持ちすらだんだんと自信がなくなっていく。
「ふうん、じゃあ結婚したらいいの?」
真後ろから声が聞こえて、つくしは俯いていた顔を上げる。
喧騒の中であっても、聞き間違えるはずのない愛しい人の声。
つくしが振り向く前に、後ろからふわりと抱き締められて、悲しくもないのに胸が詰まり何故か涙が出そうになった。
「専務!…って、え?なんで!?」
「ま、牧野さん…?」
明日花が目をキョロキョロさせて2人を見れば、徳井たちも何が起こったか分からないといった風に言葉をなくす。
「俺の気持ちも、ちょっとは分かった?」
「……?」
「社内で人気があるらしい彼女がさ、俺のものだって言えない気持ち。こんな風に男に囲まれてても、何も言えない気持ちも。何より…誕生日を祝ってあげられないなんて結構悔しいし寂しいもんなんだよ?」
「うん…」
仕事納めがつくしの誕生日と重なったのはたまたまで、つくしとて類と一緒にいたい気持ちはあったが、新入社員の中で順番に回している幹事を任されていた手前どうすることも出来なかった。
先ほどまでの騒々しさはすっかりと影を潜めて、店内には類のよく通る低い声だけが響いている。
ただ、隣に座っていた徳井がそろそろとつくしと距離を開け、反対隣に座っていた杉山もまた同じように離れた。
「ね、何があっても俺が守るから、結婚しない?」
嬉しくてすぐにでも返事をしなければと思うのに、涙ばかりが頬を伝いしゃくりあげるような声しか出なかった。
ダメ?と聞く類の声が不安そうで、つくしは類の腕の中で振り返り違うと首を振る。
「ダメ…っじゃないっ」
つくしが類の胸に顔を埋めたまま、何とか声を絞り出す。
類がフッと見たこともないような幸せそうな顔で笑うのを、向かいに座る明日花は驚いた顔で見つめていた。
「幸せなのは…シンデレラに巡り会えた王子の方だったと思うけどね」
fin
幸せ?そんな言葉じゃ足りない


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