baroque 12
気が付かないうちに
freedom
この手から
freedom
滑り落ちてしまった
二人になった瞬間、ギュッと掌を握りしめながらつくしは薫に謝った。何について謝っているかなんて百も承知にも関わらず薫がつくしに微笑みながら小首を傾げ
「うんっ?何が?」
優しい声音で問いかける。
薫の問いにつくしは、固く握りしめた掌を見つめ俯きながら
「__東京のマンションの事……」
「僕が反対するとでも思った?」
薫はつくしの掌を双の手で包み込みながら自分の胸の中に引き寄せた。
「反対とかじゃなくて__ちゃんと相談 する前にお爺様達にお話しちゃったから……」
「突然で少し驚いたけど……謝る事はないよ。ちゃんとした一人暮らししてみたいって前に言ってたよね」
「あっ、うん。 憶えててくれたの?」
「あぁ、逆に僕から切り出さないでごめんね。赦してくれる?」
掌をさすり上げながらつくしの耳許で囁けば……つくしはフルフルと首を振り薫の身体に身を任せた。
窓の外には冷たい風が吹き出している。
/*/*/*/*/*/*/*/
翌月には赤坂のマンションに引っ越しを終えた。筒井が提示した物件の中では一番狭い部屋を選んだ。とは言え……200平米ほどある物件だ。
「ふぅっーー」 つくしは溜め息を吐きながら整えられた部屋を見回す。
「確かに2LDKだけど__確かに前の部屋より狭いけど__はぁっーー 広過ぎるってぇいうの」
それでも、この部屋が雪乃が了解するギリギリの物件だった。全てが決まった後も筒井の者が使用人も付けずあんな狭い部屋に住むなんてと何度か溜め息を吐かれた。
「筒井の者は……かぁーー。あたしは、牧野つくしだよね」
ソファーに寝転びながら高い天井を眺めた。
手元に置いてあったスマホがカタカタと揺れながらライトを点滅をさせた。慌ててタップすれば総二郎からの LINEが入っている。週末以外は日課となりつつある総二郎とのやりとりに思わず笑みを零しながら返信をする。何気ない日常の会話がスマホの中で繰り返される。つくしの中 でいつしか心待ちするようになった時間だ。
そう言えば先生が今週は明日もつくしにも資料整理して欲しいって言ってたぞ。
うん。工藤教授からさっき連絡来たよ。総も行くよね?
あぁ 明日は何も入ってないからな
総二郎がつくしを知っていたのは、工藤教授を通してだったのだ。つくしが英徳に進学を決めたのは、窮屈な京都を離れたい。その思いが一番だったのは否めないがそれと共に、この先生のゼミを受けたいという願いからだった。
工藤教授の受け持つゼミは3,4年の合同ゼミになっていてそのゼミに参加している総二郎は、工藤教授の研究室に足繁く通うつくしの事をよく知っていたのだ。
じゃぁ明日。
あっ、お弁当持って行くからね
おっ、楽しみ。出汁巻き卵も宜しく!
甘いの?それともしょっぱいの?
明日は甘いやつがいいかな
了解(^-^ゞ
じゃっ寒くなって来たから腹出して寝て風邪引くなよ
お腹なんか出さないっちゃ
画面には、傍から見れば仲睦まじい恋人同士のような文章が並んでいる。
つくしはもう一度ラインを読み返してから履歴を消去した。
総二郎の痕跡は残さないように再三の注意を払っている。
何故?そう問われれば___
余計な勘繰りをさせたくないから。
ただそれだけそう答える。
無益な感情を生みたくない。ただそれだけだと。
つくしは、勢いよく立ち上がり明日のお弁当の下準備を始めた。
先ほどまでの憂鬱な気持ちはどこかに消えたように鼻唄を口ずさみながら。


ありがとうございます
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