No.051 踊らない理由 by 星香さま
時は流れ___再びあなたと巡り逢う
それは逆らえない__運命
「ねぇ、何で類は踊らないの?」
高校1年の終わり、初めての卒業プロムに静と出たとき言われた言葉。
英才教育の一環として一通り叩き込まれた関係上、決して踊れない訳ではない。
けれど練習以外、誰とも踊る気にはなれなかった。
明確には判らないが、そうしてはいけない気がしたから。
それを上手く言葉に出来ず、曖昧な笑顔で誤魔化す。
静も質問はしたものの大して気に止めず、類にダンスを無理強いすることはなかった。
そうやって終えた1年プロム。
2年のプロムは出席すらしなかった。
きっと今年の卒業の時、
否、きっと生涯、踊ることはないんだろう。
暖かな陽射しの降り注ぐ非常階段。
ぼんやりとそう考え眼を閉じる。
眠気と共に見えてくる風景。
古い建物の中、談笑する人々。
類が時折見る夢。
いつもは途切れ途切れ、曖昧にしか見ないそれが、今日ははっきりと見える。
-----
何処か古い…明らかに現代日本ではない場所。
緩やかに流れる円舞曲。
類は
-正確には類ではない、夢の中の誰かが、壁際で所在なげにしている。
そんな類に近付く、一人の女性。
清楚な、けれど芯の強い眼を向ける。
吸い込まれそうな、美しい瞳を持つ、異国の女性。
『踊らないのですか? 武夫』
『…武骨者ですから…』
柔らかく微笑む彼女から僅かに視線をずらし、ぽつりと呟く類
-武夫と呼ばれた男。
すると目の前の女性は、当然のように武夫の隣に立つ。
2人とも、語学堪能な類ですら聞きなれぬ言葉を話しているというのに、不思議と言っている内容は理解出来た。
流れる円舞曲。
目の前のホールで踊る人々を眺めながら、2人だけが壁際で立ったまま。
『踊らないのですか? アリアズナ』
いつまでも武夫の隣に立つ女性、アリアズナに対し、先程聞かれた言葉を返す。
『武夫が踊らないのでしたら、私も踊りませんわ』
鈴を転がすような声で返って来た内容に驚き、思わず顔をそちらに向ける。
重なりあう、眼と眼。
アリアズナが誘うように微笑む。
武夫も僅かに口元を緩め手を差し出すと、アリアズナの微笑みは笑顔に変わる。
流れるようにホールの中央へ。
いつの間にか2人は、周囲の注目を集めていた。
『素敵なダンスでした』
2曲ほど踊った後、飲物を手に戻って来た武夫に、心底嬉しそうにアリアズナが告げる。
『…人前で踊ったのは、初めてですよ』
『それでは…私が初めてということですね。
光栄です。武夫』
アリアズナにグラスを渡すと、カチリとそれを合わせ喉を潤す。
美しい異国の女性。
このときが永遠に続けばいいと思うのに、武夫の口は真逆の事を告げる。
『……自分に……帰国命令が出ました……』
『それは…。いつ…? いつ、お帰りに…?』
『…1週間後…』
『そんなに早く…』
先程までの笑顔から一転、哀しげな表情になり俯く。
そんな表情をさせたい訳では無かった。
『アリアズナ』
『……はい……』
武夫の声に、まだ顔を上げられないまま、か細い声で返事を返す。
『自分は必ず戻って来ます。ここに…貴女の元に。
それまで、誰とも踊りません』
『…武夫…?』
『戻ってきたとき、また踊って頂けますか…?』
予想もしなかった言葉に慌てて顔を上げる。
照れたような武夫の姿。
目元を軽く押さえ溢れそうになるものを拭うと、とびきりの笑顔をむけ『はい』と告げた。
-……なんだ……? 今のは……?
まるで映画でも見ているかのように、類の意識に直接飛び込んできた風景。
何処か郷愁にかられると同時に理解する。
あの武夫と言われた人物は、自分だと。
そしてこの別れは、きっと永遠の別れになると。
それは類だけでなく、当の本人達にも判っているということに。
胸を締め付けられるような別れ。
目の前の風景はそこで遠くなった。
「………………ッ………………」
眼を開けると飛び込んで来るのは暖かな陽射し。葉擦れの音。
ゆっくりと辺りを見回すと、いつもの非常階段の風景が広がっている。
「……夢……?」
実際、ここで眠っていたのだから、今見たものはすべて夢なのだろう。
けれどそれは、妙なほどの現実味を帯びていると同時に、既視感にも駆られる。
-何で言っていたっけ……?
武夫? アリアズナ? それに、あの言葉……?
記憶を呼び起こそうとした類の耳に、静寂を打ち破る怒鳴り声か届く。
「ありえないっつーーーの!!!」
騒音の方へ眼を向けると、類には気付かず怒鳴り続ける女子生徒。
その横顔が、先ほど見た異国の女性と重なる。
「…アリアズナ…?」
そう、それは運命の出会い。
-----
「ねぇ。何で類は踊れないって言っていたの?」
つくしとの婚約発表の後に行われたパーティ。
ファーストダンスを踊り終え、飲物を手に戻って来た類に、つくしが尋ねる。
「え…?」
「昔、プロムのときに言ってたじゃない? 踊れないって。
本当にそうだと思っていたのに、類ってば凄く上手なんだもん」
こっちは足を踏まないかとヒヤヒヤしていたのに…と呟くつくしに微笑みを浮かべる。
「……昔、約束したから。つくし以外とは踊らないって…」
「え? 私と?」
「そう」
「…えっと…いつ頃?」
「………昔。もうずっと昔………」
眼をパチクリさせながら、そんな約束してたっけ? と、首を傾げる。
類は曖昧に笑うだけ。
-いいよ。俺が覚えているから。…アリアズナ。
-fin-
広瀬武夫
海軍軍人。ロシア留学の後、駐在武官となる。
日露戦争、第2回旅順港閉塞作戦にて戦死。
アリアズナ・アナトーリエヴナ・コワリスカヤ
ロシア人。アナトリー・コワリスキー大佐の娘。
広瀬武夫と文通などを通じた交友があったことも知られている。
あなたと出逢うのは決まっていたこと


Reverse count 49 Colorful Story 応援してね♪
- 関連記事