No.029 櫂 総つく
中途半端に眠ってしまって夜中に目が覚める。そっと隣りを覗けば、
大きなお腹を抱えて眠るつくしが目に飛び込んで来る。
「うーーん 総、どうしたの?」
「悪い、起こしちゃったか?」
つくしはゆっくりと首を振り
「夜中よく目が覚めちゃうのよ」
「大丈夫か?」
そう聞けば
ふわぁっ~と欠伸を一つしながら
「その代わり昼間よく寝てるから大丈夫だよ」
ニッコリと笑う。
俺はつくしの腹に手を当てて幸せを噛み締める。
グニュリ__夜中だと言うのに腹の中のチビが動いて存在感を示してる。
「うふふっ、お父さんこんにちはって言ってるみたいだね」
「あぁ……だな」
腹の中のグニュリとした生き物は、まだ姿も現していないのにも関わらず俺等にこの上ない幸せをもたらし、西門の邸に笑顔と新しい風を運んで来ている。
お袋なんて……俺がいないのを確認した後、こっそりつくしを奥の部屋に連れて行き志摩と二人でつくしの腹に手を当ててチビに話す事だ。安定期に入ってからのお袋と志摩の日課だ。
つくしはその度にクスクス笑って
「総二郎さんにも見せて差し上げたら宜しいのに」
そんな事を言っている。冗談じゃない__そんな事をされたらお互い気まずくなっちまうだろうよ。
「嫌です。家元夫人としての威厳を保てなくなりますわ」
すかしながら答えるお袋に
「お義母様、大好き」
なんて面と向い微笑みながら答えるもんだから……お袋の頬が赤くなる。
「つくしさん、私ね総二郎さんを生んだ事__心底に誇りに思いますわ。だってこんなにも可愛い娘を授けて下さったんですもの」
「お義母様、私もお義母様が総二郎さんを産んで下さった事、心底感謝しております」
志摩が袂で目頭を押さえている。
柔らかな風が邸の中をより柔らかに変えて行く。
つくしに再び穏やかな眠りが訪れてスヤスヤと寝息を立てながら眠り出した。そぉっと布団を掛け直してから額に口づけを落として俺も眠りについた。
夢の中でチビ助が
「父様、もうじき会いに行きますからね」
やけに大人びた口調で俺に話しかけている。
「あぁ、出来るなら俺の居る時にしてくれよ」
俺はチビ助にそう頼む。チビ助はコクンと頷いて
「じゃぁ父様、色々慌てないで下さ……」
夢の途中で
「そ、そ、総___ご、ご、ゴメン起きて」
つくしに声を掛けられる。
「どうした?」
慌てて飛び起きれば
「あのね、なんかいつもよりもお腹が痛いみたいなの」
「だ、だ、大丈夫か?」
「うーーん。痛い」
間違いなく慌てふためくシュチエーションなのだが先刻のチビの言葉を思い出し病院に電話をしてつくしの症状を伝えれば
「陣痛が五分間隔になったらお越し下さいね」
のんびりと返される。
振り向いてつくしを見れば__
「ごめん。もう収まったみたい」
ケロリとしながらそう言う。
夢の中のチビ助との会話を思い出して今日やらなければいけない仕事に出掛けた。これからの西門にとって大切な事を決める集まりだ。
難航する議題__秘書が何やら親父に告げている。親父はクスリと笑ったあと
「集まりの最中だが……申し訳ないが総二郎を帰宅させて頂いても構わんかね?」
怪訝な顔をする重鎮共に
「西門の未来を担うものがもうじきこの世に出て来ようとしております旨__何卒お願いしたい」
家元が__いいや親父が頭を下げてくれた。それならばと……立ち上がろうとした瞬間、チビ助の言葉を思い出す。俺は逸る気持ちを押さえて
「未来を担う方々はここにいらっしゃる皆様方です。どうか今暫くここに居させて頂きたく思います」
そこから話しがトントン拍子に決まっていって二時間後会議が終わった瞬間__挨拶もそこそこに慌てて飛び出した。
温かい微笑みに見送られながら。
分娩室の前に着いた瞬間
「オギャァーー オギャァーー」
力強く大きな声が響き渡った。
初めて会ったのに初めてじゃない気持ちでチビ助を抱いた。
チビ助は、まだ見えない筈の目で俺をみて「でかした父様」と言う様にニコリと笑った気がした。
新しい風が吹き__力強く前へ前へと進んで行く。
チビ...お前と会うのも決まっていた事なんだな


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