No.030 花火 あきつく
あたしは空っぽの部屋に向って呟いた。
階下からあたしを呼ぶ声がする。あたしは元気いっぱい大きな声で返事をする。
「今行くーー」
勢い良く階段を駆け下りる。
「お待たせっ」
そう言いながら弟の進が運転する軽トラに乗り込んだ。車に揺られながら今迄の自分とサヨナラした。
「進ありがとうね。助かちゃったよ」
「これで本当にいいの?」
「うんっ、何が?」
「何がって……」
「うんっ?荷物の事?いいの、いいの」
「そうじゃなくって......」
レンタカーを返してから、引っ越しの手伝いをしてくれた進と手を振り別れた。
「じゃぁ、なんかあったら連絡して」
「うんっ、ありがとう。あぁあぁ、いつの間にかどっちが年上か解んなくなちゃったね。あっ、はい。これお礼ね」
「いいよ。お礼なんて」
「ダメダメ、折角の休日使って貰っちゃったんだもん。あっ、桃ちゃんにこれでご馳走してあげてよ。じゃぁバイバイ」
人混みの中、新しい住まいとなる街を歩く。蕎麦屋の暖簾をくぐり一人引っ越し蕎麦を食べる。店を出て夜空を見上げた瞬間___
ドーン ヒュルルゥーー 時期外れの花火が上がる。
ドーン ヒュルルゥーー
真っ暗で冷たい夜空に色とりどりの花火が舞っている。
「綺麗__」
夜空を見上げて声が出る。
綺麗なものを綺麗だと思える。まだまだあたしは大丈夫だ。坂道を上って新しい住まいに戻った。
取りあえず段ボールの中身を出して部屋の中を片付けよう。洋服をハンガーにかけてクローゼットにしまおうとした瞬間
カタンッ
コートのポケットから無くした思ったタンザナイトのピアスが落ちた。美作さんが買ってくれたタンザナイトのピアス。泣かないと決めていたのに___涙が溢れ出していた。
「ふえっ……ふえっ…ふえぇん」
自分で決めた筈なのに__後から後から涙が溢れ出していた。子供の様に声を出してあたしは泣いた。泣いて泣いて泣いて泣いた。
窓の外を見れば花火の代わりに月がぽっかりと浮かんでた。目を瞑って__美作さんを感じてもうこれで充分と自分を納得させた。
きっとまた泣いちゃうかもしれないけど…….優しい彼の重りには、これ以上なりたくないから。
*/*/*/*/*/*/*
「なぁ、今回の部長の見合い相手って超絶美人なんだろう?」
「そうらしいぜ。しかも文句無しの家柄だぜ。婚約が決まれば俺等の会社も益々でかくなるチャンスだって評判だぜ」
「……それを蹴るって事は後継者としての道も蹴るって事だろう?」
「愛なんて青臭い事語ってるよりも現実を見ろって感じだよな?」
「なっ、たかだか惚れた女一人のために__酔狂だよな」
「本当だよな。しかもその女ってセレブ狙いで有名な女だって言うじゃん」
「マジ?そんなんに騙されてるわけ?」
眠い目を擦りながら徹夜明けに入ったカフェで交わされていた会話。聞くとはなしに耳に入って来た。彼等の社章を見て驚いた。美作さんの会社の社章だったから。
「セレブ狙い……か…」
渇いた笑いと共に__そうかあたしは、彼の人生の邪魔をしてるんだと思い知ったのだ。
仕事を理由に少しずつ彼とは距離を置いた。半年かけて全ての手筈を整えた。在宅で仕事を出来るように会社に交渉して住まいをここに移したのだ。新しい引っ越し先も、連絡先も教えてない。もっと遠い所に行きたかったけど……二週に一度本社のある東京に通わなくっちゃいけなくって中途半端になってしまった。
いや、違う__あたしの女々しい未練だ。
*/*/*/*/*/*/*/*
「牧ちゃーんいい所に来たぁー、お願いコレ手伝って」
本社に着いた早々お願いされたのがプログラミングのバグ修正。結局終わったのは深夜二時を過ぎていて__仮眠室で眠ってから始発で帰る事に決めた。
「エッちゃん、一足先に帰るね」
「——うーん、ありがとうね。今度来た時お昼ご馳走するからね。あっ、そう言えば社長が、牧ちゃんに謝っておいてって言ってたよ」
半分眠りながらエッちゃんが手を振っている。
社長があたしに何を謝るんだろう?首を傾げながら外に出た。
夜明け前の月が出ている。白い息が暗闇の中漂う。
「ふぅ~っ 寒い」
呟いた瞬間……フワリと懐かしい香りに抱き締められる。
「な、な、なんで……」
「社長が教えてくれたよ」
「____な、なんで来たの」
「なんで来たの?って__なんで黙って消えた」
「__別れたのになんで言わなきゃいけないの?」
「別れたって……俺があんなんで納得するとでも思ってるの?」
「…………ダメだよ。もう……ダメだよ。あたしが居たんじゃ美作さんの足手まといになるよ」
「足手まといどころかお前が居なきゃ俺は頑張れない」
「……ダメだよ__あたしなんかの為に人生狂わせちゃ」
「なぁ俺、お前に会えると思うから頑張れるんだよ。会いに行く前に結果を出せって言われてきちんと出して来た。親父もお袋も元々賛成してるし、重役連中も今回の契約で諸手をあげて賛成してくれたよ」
二人の時が重なる。
ドーン ヒュルルゥーー 時期外れの花火が今年も上がる。
ドーン ヒュルルゥーー
愛する人と一緒に綺麗なものを見る幸せを噛み締める。
たかだか女のために?
ううん違う全てはお前のために頑張れるんだ


Reverse count 70 Colorful Story 応援してね♪
- 関連記事