反則負け、反則勝ち 02 byたろさ様
「あい。………え?」
いつも通り食器棚の引出しから客用箸を取り出そうとした俺に、なにげない口調で牧野は言った。
そこ、と言って指さしたのは食器棚に置かれたガラスコップ。
牧野はそこに、取り出しやすいよう自分の箸を立てている。
でも今日はそのコップに、牧野のソレよりひと回り大きな黒い塗り箸がいっしょに入っていた。
「これって………。」
塗り箸を手に取って、確かめるように握ってみる。
この手に妙にしっくりくる形と長さと持ち手の太さ。
そのままじっと箸を見つめ続ける俺を見て、牧野がふふふっと楽しそうに笑う。
「驚いた?」
「これ……」
「そ。類のお箸。」
「俺の…………箸?」
なんだろう。この感覚。
じわじわじぃーんって心の奥が痛熱い。
「だって類、やたらとうちでごはん食べたがるんだもん。そのたび客用箸っていうのもどうかなーって思って。うちの客用箸って女性向けの細くて短いやつばっかりでしょ?だから類の大きな手にも使いやすそうな箸を買ってきたの。」
「もしかして……俺専用?」
「もしかしなくてもそうだよ。類専用。」
にっと笑った牧野の顔。
やばい。
嬉しい。
嬉しすぎて。
顔が……緩む。
慌てて右手を口にあてたけれど、隠し切れないこの喜び。
「ありがと。すごく嬉しい。」
ああ、この気持ち。
もっとちゃんと伝えたいのに。
それだけ絞り出すのが精いっぱいで、うまく声も出てこない。
「喜んでもらえた?」
にこにこ笑って、でも一瞬不安げに瞳を揺らして、牧野が上目遣いに聞いてくる。
それなのに俺は、目をそらしてただこくんと頷くしかできない。
でも大丈夫。
ちゃんと伝わる。
牧野ならきっとわかってくれる。
「うふふっ、よかった。喜んでもらえて。」
ほっとしたように表情を緩め、牧野は満面の笑みを浮かべた。
ほら、ね。
ちゃんとわかってくれる。
「よかったー。けっこういろいろ探したんだ。類の手に合いそうなもの。」
「俺の手に?」
「そう。だって類って指が長いから、長めのほうがいいだろうなって思って。でも男の人だから、細すぎるのもイヤだろうし。本当は実際に手に持ってみたほうがいいんだけど……。」
「そうなんだ。」
嬉しさの片隅に、ふわりと浮かんだ我儘な願い。
「いっしょに行きたかった、かも。」
その気持ちが、安心したとたんつい口からこぼれ出た。
牧野と買い物。
それだけでもきっと幸せな時間なのに。
目的が、俺の箸を買うこと、なんて。
そんなのぜったい間違いなく“最高の時間”、だろう?
「うん……でも………。」
それなのに眉毛をハの字に下げて牧野は困ったように口ごもる。
その表情に、胸にツキンと痛みが走った。
「俺と買い物に行くの、イヤ?」
意を決してのぞきこめば、目の前で大きな瞳がくるりと翻った。
「ううん、そうじゃなくて。あのね………驚かせたかったの。喜んでくれたらいいなって、類がどんな顔をするか想像しながら探すのは楽しかったし。だから……」
上目遣いに「ね。」って言いながら、睫毛を揺らす。
牧野……ソレ、反則。
そんな風に言われたら、俺、もう何も言えないよ。
「びっくりしたし、嬉しかったし、俺今すっごく幸せ。」
反則技を華麗に決められて。
悔しいから牧野の身体を思いっきり抱き締めようと思ったのに。
伸ばしかけた腕から、牧野はするりと逃げていく。
そのくせ手の届かない場所でにっこり笑って言うんだ。
「類が喜んでくれて、あたしも嬉しい。あたしのごはんが食べたいって言ってくれるのも……すごく、すごく嬉しい。ほんとだよ。」
これでもかっていうくらい真っ赤になって。
しどろもどろにそう言って。
………ったく、もう。
なんだよ、ソレ。
あんたはそうやって反則に反則を重ねて。
やわく甘く、死ぬほどやさしく。
どこまでも幸せな言葉で、態度で、表情で。
俺をがんじがらめにしちゃうんだ。
それでいて、捕まえようと必死にこの手を伸ばしても。
捕まってくれやしない。
ねえ、牧野。
俺たちは今でもまだ、親友でしかないの?
心の一部、でしかないの?
俺、もう我慢できないよ。
lala たろさ様より 強奪してしまいました。03は明日12時更新♪


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