No.035 人魚と眼鏡 あきつく
寝苦しい夜だった。何度も寝返りを打ちベッドを寝け出した。
浜辺を歩けばねっとりとした風が素肌に纏わりつき、砂が足の指の間をくすぐる。
「はぁっ、早く東京に帰りたいよな」
思わず吐いて出た言葉だった。
バッシャンッ
ザァーザァーという波の音と共に聞こえた水音に引かれるように岩陰を見た。そこには人魚がいた。
人魚は、いいや髪の長い少女が月明りの中一糸纏わぬ姿で海に潜った音だった。
青白く光る月が少女の泳ぐ姿を映している。「綺麗だ……」そう呟いた次の瞬間、厚く覆った雲が月を隠して辺りを暗闇に変えた。
雲の隙間から再び月光が光った時には既に少女は消えていた。
もう一度会える事を願って、次の晩から東京に帰る日まで毎晩散歩した。人魚には会う事が出来ないまま少年は東京に戻っていった。
あの日から十五年……月日は少年を青年に変えていた。
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くだらないセミナー中
眠いなぁーなんて思いつつ下を向き欠伸を噛み潰した。
「ふわぁっーー」
隣りでデッカい欠伸をした女を発見して……ギョッとなった。
ギョッとなって女を見れば、ひっつめ髪で今時それは無いんじゃないのか?ってくらいの瓶底眼鏡の女が居た。
目が放せないでジッと見た。
「スゲェ」
思わず出た言葉に女が振り向き
「何がでしょうか?」
「あっ、いやっ、すみません」
ジロリと睨まれて……俺、謝っていた。
オイオイ、欠伸したのはお前だろうよ。喉元まで出かかったけど__逆らっちゃいけない気がしたんだな。で、
「すみません」
もう一度謝ってた。
隣りの女は横目で俺を見てからニヤリッと微笑んだ__気がした。
その瞬間
ブルッと身体が震えた。
こう言う女とは、関わらないのが一番だ。
視線を外しセミナー講師の話しを聞く事に集中する振りをした。
セミナーが終わればこれっきり、それっきりの関係の…..筈だった。
二ヶ月後、専務昇進と共に新たにもう一名女性秘書が付く事に決まった。
新しい秘書の名前を書かれたメモを見る
「牧野…つくし?かぁ 聞いた事ない名前だなぁ」
トントンッ
扉がノックされて___瓶底眼鏡の女が立っていた。
「はじめまして、牧野つくしと申します。これからどうぞ宜しくお願い致します」
しばし……時間を忘れ女の顔を見ていた。
瓶底女は、俺の事などすっかり忘れているのか丁寧にお辞儀をしてくる。
「美作あきらです。これから宜しく」
慌てて俺も挨拶をした。
瓶底女は、洒落っ気も何もかんもがない女だったが……秘書として驚く程に完璧だった。
なんせ仕事がしやすいのだ。細かい所によく気が利く。
色気もなんもないひっつめ髪に瓶底眼鏡。全くもって俺の趣味じゃなく__あっちも俺の事など眼中にない所がこれまた都合がよく、いつの間にか瓶底女は俺にとって必要不可欠になっていった。
一緒に居ると居心地がいいと感じたのは、何時からだろうか?するりとアイツは俺の中に入ってきた。
アイツの周りには、知らない内に人が集まって来る。男も女もだ__
「牧野さん、今日こそは一緒に食事付き合ってよ」
営業2課のモテ男に言い寄られてる牧野を見かけたのはたまたまだった。
チクッと心が痛んだ。
「牧野さん、この間の返事を聞かせて貰えないかな……」
海外事業部の男にそう言われているのを聞いた時は
ズキンっと心が痛んだ。
全くもって趣味じゃない。だってそうだろ?色気も何もない。それどころか___マイナスだ。マイナス。
それなのに___するりと俺の胸の中に舞い降りてきた。
それなのに___いつの間にか一人の女として見ていた。
考えても見ろ 牧野だぞ、牧野。
こんなのは、気迷い事だ。何度も何度も言い聞かせた。
なのに、目で追っていた。
色気もない、俺への恋心もないそんな女に心が揺さぶられた。
少しずつ少しずつ、男と女の距離を縮め口づけを交わしたのは二つ目の夏の事だった。
誰にも奪われたくなくて__
「結婚して欲しい」
初めての口づけと共に申し込んでいた。
ザーザー
シャワーの音がする。
ガチャッっ
バスルームの扉が開いて恥ずかし気な牧野が立っている。両手で牧野を抱き締める。
「牧野__」
名を呼び髪を解く……
サラサラと髪が揺れる。
バスローブを脱がせ眼鏡を外した瞬間___そこには、幼い日に見かけた人魚がいた。
「えっ?なんで?」
思わず声が出ていた。
俺の言葉にキョトンとした顔をしてる牧野を抱き締めた。
初めて心がトキメイタ相手が
初めて心を揺さぶられた相手だった。
お前の全部が好きだ


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