No.038 霜柱 類つく
コートを掴んで慌てて家を飛び出した。ウキウキと心がステップを踏んでいる。目に入るもの全てがキラキラと光を纏い、耳に入る全てのものが楽しいリズムを奏でているようだ。
「類、今度の所は、な、な、なんとオートロック式なんだよ。凄いでしょ」
引っ越しの時、散々自慢してた牧野のマンションに着く。
時計を見ればまだ7時前。この時間に牧野の家を訪ねて行っていいものかどうか逡巡する。
「あのさぁ、類。余所にお邪魔するのにも常識内っていうのがあってね」
なんて引き攣る笑顔で先週怒られたばかりだ。
7時前は早い?それとも常識内?
だったら電話しろって?
もっともの意見だ。出来れば俺もそうしたいところ。
っん?だったら早く掛ければいいじゃんって?
ははっ、牧野じゃないけど……あんまり急いでたもんだから電話を忘れた。
で、さっきから悩んでる。
オートロックを鳴らすか、鳴らさないか。
取りあえず7時迄待つ?
うーーん でも一分でも一秒でも早く二人でサクッサクッと霜柱の上を歩けたら……
ヨシッ 部屋番号を押してからボタンを押した。
「あれっ?」
もう一度
「あれっ?」
三度鳴らしたのにウンともスンとも言いはしない。
なんで居ない? えっ? 朝帰り?
色んな事が頭の中をクルクルと回った。
ブィーン
エントランスの自動ドアが開く音がして、ほんのちょっぴっり調子はずれの鼻唄と共に牧野の声がする。
「……うん。好きなんです」
「僕も好きです」
好きなんです?
僕も好きなんです?
朝帰りして……好きなんですを言い合ってるの?
両手を握りしめながら振り向けば
ほんのりと頬を桜色に染め上げた牧野と、背の高い中々美形な男が二人並んでる。
「あっ、類......?ど、ど、どうしたの?」
しかも__焦ってる。
相手の男は、なんか嬉しそうに牧野を見てニコニコ微笑んでる。
全くもって気に食わない。ガッツンと何か言いたいけど、友達の俺が何か言える立場でもない。下手すりゃ自分の彼女に手を出すなとかなんとか言われる事だってある……と思ったら、男の薬指に指輪を発見して
「__牧野、道ならぬ恋はヤメロ」
なんて事を言い放ってた。
俺の言葉にキョトンとする二人……
3、2、1、0 で
「類、失礼でしょ」
牧野が烈火の如く怒り出した。
怒ろうが何しようが__不倫は良くない。
うんっ。良くない。
全くもって推奨出来ない。
第一、 牧野に道ならぬ恋なんて似合わない。
「失礼じゃない。ちゃんとあんただけを見てあんただけを愛してくれる相手と恋愛しろよ」
決まった!と思った瞬間__
牧野の眉間がピキピキなりながら
「はぁっ?さっきから色々言ってるけど全くもって見当違いだし、第一類には関係ないでしょ!」
ゴクッ すごい怒ってる……
そんなに怒る程にこの男に惚れ込んでるのか?
なぁ、牧野ヤメろよ。
どう考えても……それじゃお前は幸せになれない。
「……関係あるよ」
「はぁっーーー?関係ないでしょが」
「関係あるっ!」
「ない」
「ある」
ない、あるの言い合いになって
不倫男が牧野の肩を叩いて
「…………あのぉ俺、もう戻っていいかな?」
なんて言っている。お前、逃げるのか?
ジロリと睨めば怯むどころかニッコリと笑ってる。
「あっ、はい。お疲れさまです。松子さんに宜しく」
松子さん?お疲れさま?
「ありがとう。クククッ、彼が牧野さんがさっき言ってた人でしょ?」
牧野が慌てて口許に人差し指を立てている。
「あっ、ゴメン、ゴメン。でも俺も睨まれたままだと気まずいからね。まぁ、あんまりヤキモキさせないであげなよ。じゃっ」
片手をあげてから、俺にも爽やかに会釈をして戻って行った。
呆気にとられながら牧野を見れば
「同じマンションでお友達になった方のご主人」
「えっ?」
聞いてみれば何もかも誤解だった。
「さっき言ってた人ってどういう話し?」
聞けば、耳迄染め上げながら
「な、、内緒」
なんて答えるものだから__なんだか期待した。
「それより、類は、なにしに来たの?」
「あっ、霜柱が立ったから教えにきた。あんた喜ぶかと思って」
「えっ?」
「っん?」
「......あたしも類と踏みたいなって__さっき話してたの……」
霜柱を見つけた朝__二人の新たな関係が始まった気がした
サクッサクッと二人揃って足で踏む


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