イノセント 37 司つく
うだる様な暑い夏がやって来る……司がつくしを再び見つけた夏が
司は、飽くること無くつくしを抱き続けている。
つくしの白い裸体に魅せられ、蜜に引き寄せられる蝶のように、つくしを求め続けている。
何故、こんなにも欲してしまうのか自分でも解らないほどに、つくし唯一人を欲して、欲して、欲してしまうのだ。
つくしの笑顔を見たくて、ありとあらゆるものをつくしに贈る。その度に、拒絶感を露にされる。
「俺の持ち物が見窄らしい姿をするな」
そう言い放ちつくしを飾り立てる。
出向という形から移籍という形が取られ、つくしが正式に司の第二秘書として付く様になって半年程になる。
つくしは、どこにいても本来のつくしになっていく。最初は怖ず怖ずと自信なさげに働いていたのが、見る見る内に優秀な秘書としての振る舞いを見に付けている。
自分の居場所を仕事の中で見つけたつくしは、芽を摘み取られても地下茎で根を張るツクシのように、本来のつくしらしさを再び取り戻し生き生きと働き出したのだ。
本来ならば、閉じ込めてしまいたかった。だが、生き生きと働くつくしを見た時、閉じ込めてしまう事が出来なくなった。笑顔を投げかける相手に狂おしく嫉妬するのに、その笑顔が見たくて堪らないのだ。
自分に向けて微笑んで欲しいと渇望しすればするほど、思いに蓋をし乱暴につくしを求めるのだ。
この上なく淫靡で淫美な花を咲かせる事が出来るのは自分だけなのだというように、刻み付けるかのようにつくしの身体を嬲り抱きつくすのだ。
蝉が鳴く……暑い夏の夜に蝉が鳴く。
なぜ夜中に蝉が鳴くのかが、つくしは不思議だった。一定以上の温度とネオンの明るさで鳴くと知った時は驚いた。
蝉は、鳴き過ぎて早く命を終わらせたりしないのだろうか?
蝉の鳴き声を聞きながらぼんやりと考えた。
暫く考えたあと、あっ、そうか夜中鳴いた蝉は、昼間鳴かなければいいだけだと思い当たって、何だか可笑しくなって白い歯を零しながらクスクスと微笑んだ。
車の窓の外を眺めながら笑うつくしを見つめ……この笑顔が自分に向けられたらどんなにか……
グシャリッ
読んでいた書類を握り潰す。
ほどなくして車は、パーティー会場に到着した。
司は、つくしの腰を抱き寄せパーティー会場に入って行く。
毛受会長に呼び止められた司は、珍しくつくしの側を離れて行った。
手持ち無沙汰になったつくしは、壁に寄り添いグラスを傾けた。遠くから司を見つめた。
華を纏った男は、輝くばかりの美しさで会場内の女性の視線を独り占めしていた。それがなんだか〝道明寺〟を思い出させて、胸がギュッと痛くなる。 〝道明寺〟と司は、全くの別物なのに……自嘲気味に俯いてフッと小さく笑った。
「……牧野?」
名前を呼ばれて振り向けば
「花沢…類?」
あの日と変わらぬ優しい瞳が、つくしを見つめている。
「あんた何でココにいるの?」
「あぁ、まぁ、それは色々と__それより、花沢類は何で日本に居るの?」
確か大学卒業と共に花沢の本社があるフランスに渡ったと風の噂で聞いていた。
「先週、日本に戻って来たんだ。牧野も会社関連?ってことは、どっかの秘書にでもなったとかなの?」
昔と変わらず優しい声音でどこか淡々と類が話している。
「あぁ、うん」
「帰国早々に、あんたにこうやって会えるとは驚きだね」
「うん、本当だね」
「なんか牧野がそんな格好してるなんて…ねっ」
類の態度が、言葉が、9年の月日を感じさせなくて、つくしはふわりと微笑んで
「ねぇ、花沢類、東京の蝉は真夜中でも鳴くって知ってた?」
「へぇっーー 今日も鳴いてるかな? ちょっと聞きに言ってみようよ」
つくしが答える前に、類がつくしの手を繋ぎバルコニーに連れ出した。
バルコニーに出た途端、ムワッとした暑さが襲ってくる。
「暑いね」
「うん、夏だもんね」
何気ない会話な筈なのに、なんだか可笑しくなって二人で目を見合わせ笑い合った。


♥ありがとうございます。とっても嬉しいです♥
- 関連記事