No.054 はらはらと雪が降る 総つく
触れたかった……あの日、あなたに
はらはらとあなたの髪に降る雪がまるで白い花びらのように綺麗で。
ほんの少しだけ……そうほんの少しだけ、手を伸ばせば触れられる距離にいた筈なのに、あの日あたしは、あなたの髪に触れられなかった。
「雪凄いね。風邪引いちゃうから拭いときなよ」
そう言ってハンカチを手渡した。
「先生、どうされました?」
看護士の吉岡さんに声を掛けられて、ハッと我に返った。
「あぁ、また雪が降って来たなって…」
「本当ですね。先週みたいに積もらならないといいんですけどね」
「そうね」
窓の外にはチラチラと雪が降っている。
コンコンッ
事務の鳥羽さんが駆け込んで来る
「先生、お帰りの前にすみません。あの、一昨日、入院された四条様のご家族の方がいまお見えになっていらしゃって、ご説明が聞きたいと……院長室でお待ちになっていらっしゃいます」
ドアを開け中に入った瞬間__あなたが振り向いた。
あなたの涼やかな瞳が、黒髪が、そして__あたしの心が揺れた。
「牧野……」
会いたくなくて、でも会いたかたったあなたが、あたしの目の前に現れた。
「お久しぶりです。お元気でした?」
心臓が高鳴っているのに何気ない顔を装って挨拶をした。
「___四条様の転院先は、英東医大で宜しかったんですよね?」
「あぁ、それなんだが___爺様がココが良いって、と言うよりもこちらで世話になっている担当医が良いって言い出して、それで実は相談に来た所なんだ」
西門さんの横で院長が手揉みしながら
「それでだ、四条様が退院されるまで英東医大に出向して欲しいんだよ」
「えっ?」
人生とは、皮肉なものだ。目の前の男を愛してしまって逃げるためにこの地にやって来た筈なのに……心も身体も一瞬の内に引き戻される。
「悪りぃな」全然悪びれずにあなたが笑う。
涼やかな目元にほんの少し皺がよる。人形のように整った顔に浮かぶ人間らしさに、あたしは見惚れる。
何杯目かのグラスを煽ったあと、
「なぁ、なんでお前黙って消えたんだよ?」
鋭利な刃物のように目を細めながら、あたしに聞いて来る。
「そうだったけ?言った気になってたからな」
目尻に皺を寄せてあたしは笑いながらあたしは答える。
「なんの連絡もつけなくしてか?」
「あぁ、携帯を引っ越しの時に水没させちゃってね。引っ越しと重なってたから。そのまま暫く電話持たなかったんだよね」
「ふぅーん。で、十年間も音沙汰無しって奴か」
どこか納得いかない顔をしながら言葉を返して来る。
「……十年も経つんだね、なんだかあっという間だね」
頬杖をつきながら西門さんがあたしを見る。十年も経っているのに__心が、思いが、全てが舞い戻る。
ドックン ドックン
あなたを好きだと心臓が波打っている。
あなたを好き過ぎて消えたんだよって言ったら、西門さんどうする? 困るよね……困った顔を見たくなかったんだよ。あれ以上一緒に時を過ごせば困らせてしまうって解ってたから。
未来を夢見ちゃいけない人と2人で紡ぐ未来を夢見てしまいそうな自分が怖かったから……あたしは逃げたんだよ。
自分に楔を打つ為にあたしは、あなたに言葉を投げかける
「西門さん、あの時の婚約者の方とのご結婚は?」
「あの時の?あの時の婚約者ってなんだよ?俺、婚約なんてした試しがないぞ」
「えっ?」
異動地願いを出す前の日、あたしの元に訪れた彼女の事だよ?
西門さんの付き人さんと2人でやってきた人だよ?
「周りにせっつかれたけどな、結婚する気はこないだまで全くなかった」
今はあるんだね。そんな恨めしい言葉が出かかって慌てて口を噤んだ。
「俺さぁ、後ろ盾なんて必要ねぇぐれぇ確固たる【西門総二郎】を作りあげたんだな」
頬杖をつき、小指の爪を噛みながらあたしの目を見てそんな事を言う。
「でも、跡取りがとか言われない?」
「兄貴んとこも、匠んとこも子供出来たかんな。五月蝿いことうだうだ言うならいつでも出てくって言ったら言われなくなったな」
「へぇ、そうなんだ」
「俺以外の奴らは、みんな結婚したよ」
「……そうなんだ」
「だからさ、お前、俺にしねぇ?」
「だからって……どう言う事?」
「うんっ?そのまんまだ。お前を幸せに出来る器を持った奴は俺しか残ってねぇって言ってんの」
西門さんの目尻に皺が寄る。目元の皺があんまりにも優しくて頷きそうになって__慌てて首を振った。
「無理だよ」
「なんでだよ?」
「あたし、庶民だし」
「関係ねぇな。結婚しねぇって言ってる俺が結婚したいって言ったら逆に喜ぶんじゃねぇの?間違いなく四条の爺様は大喜びすんぞ」
「丸高だし__」
「跡取り候補は、幾らでもいるから気にすんな」
「その前に、あたしと西門さんは付き合ってもなんでもないし、恋にすら落ちてないよ」
「俺もお前も恋には落ちてんだろうよ」
でもも、だっても、無理も全部全部否定されて
「まぁ、そう言う訳だから。よろしくな」
そう言われて朝を迎えた。
西門さんの言葉通り、四条のお爺ちゃん初め色んな人が喜んで双手をあげて賛成して下さった。
子供……ハネムーンベイビーならぬプロポーズベイビーであたしは、男女の双子を授かった。
新婚生活を楽しみたかったとブツブツ文句を言われたが……信じられないほどの親ばかぶりを発揮している。
チラチラと雪が降り出した。
「なんであたしだったの?」
そう問えば
「決めては、あの雪の日……かな」
目尻に皺を寄せながらニッコリと笑って答えてくれた。
はらはらと降る雪の中、二人の指先が触れ合った。
真っ白な雪。真っ白な恋。


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