No.059 夕焼け空 総つく
鴉がカァーカァーと鳴きながら山に帰って行く。
赤い夕陽と共に山に帰って行く。
二人で鴉を、夕陽を眺めてた……
「西門さん、人生には何が一番大切だと思う?」
ポツリと牧野が俺に聞いて来る。今までの人生__何が一番大切だなんて考えてもみた事が無かった俺は
「まぁ、なんだそりゃ、色事だな。色事」
俺に相応しい答えを返した。
「ふぅ~ん。そうなんだ」
「ふぅ~ん そうなんだって。じゃぁ、牧野の一番大切なもんて何だよ」
俺の問いに
「プライド……か…なっ」
夕陽が牧野の顔を、身体を真っ赤に染め上げていた。
司との別れを聞いたのは、それから直ぐの事だった。類があきらが牧野に寄り添った。しゃしゃり出るつもりも寄り添うつもりも無い俺は、少し離れた位置で困った顔して笑う牧野を見てた。
離れた場所だからこそ見える事もあると知ったのは、この時だっただろう。
類とあきらの猛烈な誘いを蹴って、シンガポールに就職を決めたのは、あいつがあいつ自身のプライドを守るためだったんだろう。
「azuraのシンガポール支社に内定が決まったよ」
そう言ったあいつの瞳は、誇らし気に輝いていた。
「良かったな。就職祝いになんかいるか?」
そう聞けば、珍しく「何でもいいの?」なんて聞いてくる。
「珍しく素直じゃねぇか」
揶揄えば
「西門さんくらいしか思いつかなかったのよね……」
そう言ったあと頭を下げて
「お茶の指導お願いします」
話しを聞けば……和の趣味に、茶道と答えたらしい。でもって、その話しで盛り上がって採用が決まったらしく
「お前、それ詐称__だろうよ 」
「ほらっ、西門さんにその前の日だか前の前の日に、お茶淹れてもらったでしょ?あれがね、すごく美味しかったのよ」
「ありゃ、菓子が美味かったんだろうよ」
「ははっ、まぁ、そうなんだけどね__和の趣味なんて聞かれたらさ__茶道しか思いつかなかったんだよ。でね、でね、なんとなんとさ向こうに行ったら茶道サークルなんてものを作らないかなんて話しになってて」
涙目になりながら懇願されて__茶道を教える事になった。期限は9ヶ月。なんとか見られるように教えるか。まぁ、やってやれない事はないだろう。とは言え、俺も忙しい身だ。身体が空いた時しか教えられない。ついでに夏が過ぎれば、西門自体が忙しくなるのも解りきっている。
「お前、シンガで就職しようとしてるぐれいだから、語学はOKだよな?っつぅか、何カ国語いける?」
「日常会話で良ければ4カ国語はなんとかなるかな」
「ヨシッお前、俺んちに住み込みだ」
「えっ?」
「ほらっ、更新がどうだこうだ言ってたろう?」
「あぁ、そうなんだよね。あと1年ないのに更新なんだよねー」
「なっ、じゃぁ決定だ。バイト先に住居、ついでに師匠まで決まってラッキーだったな」
「えぇーー 息がつまりそうじゃん」
心底嫌そうな顔しながら俺を見る。
「つまらねぇつぅーの。俺が、西門に真っすぐ帰んのなんて週に何日もねぇよ。それにお前、客じゃねぇから内弟子達と寝起きだよ」
「あぁー そりゃ助かる」
ポンッと手を叩いてニコッと笑った。
茶の腕は一向に上達しないが、邸の者とは見る見る間に仲良くなって、ワイワイキャーキャーやっている。気が付けばいつの間にやら座の中心になって何やら話し込んだりしている。初めはいい顔してなかった年寄衆も、別に俺の女でもなんでもないと知ってからか、はたまた牧野の性格を知ってからなのか__重宝に使い出した。これまた痒い所に手が届く性格なもんだから、つくしちゃん、つくしちゃんと 可愛がられ、何かあると頼まれ事が回ってくるようになっていた。
うるさ型の年寄衆が西門でこのまま骨を埋めろと冗談めかしながら言う様になったのは、美しい所作が身に付き出した頃だったろうか?
後援会の人間が自分の会社に入らないか 、はたまた年の近い自分の息子と孫と見合いをしろと言い出したのは、いつからだったのか? ニコニコとそれらの誘いを笑顔であいつは躱して、内弟子やら他の後援会のお嬢ちゃんやらと仲人婆のようにまとめ出したのは__初釜が終わる頃だった。
これがまた見事な程の腕利きで、事務局長が牧野に破格の給料をちらつかせ西門に就職しろと誘ってた。
全てを躱して、シンガポールへと旅立って行った。とは言えazuraの社長秘書になった牧野は、年がら年中のように日本に帰って来る。娘が欲しかった家元夫人は、いつの間にか牧野部屋なるものを用意していたらしく__牧野は日本に帰って来る度に西門に泊まっていきやがる。
朝、起きたら牧野がお袋達と笑いながら朝飯食っててビックリなんて事も、夜中にほろ酔い気分で帰れば
「ヨッ!放蕩息子」
声掛けられてビックリなんて事もしょっちゅうだ。
「お前、たまには宿とれよ」そう言えば、「ねぇー」なんて言いつつ翌週もやってくる。
長期休みは間違いなく西門の邸に居る。つぅか、家元夫人に付き合ってアレやコレや用件をこなしてる。
「お前、このままだと完璧、嫁に行き遅れるぞ」そう言っても、「ねぇー」なんて言いつつ次の長期休みも西門でブラブラしたり家元夫人に付き合ったりしてやがる。
縁側に腰掛けて庭を眺めてる牧野に
「なぁ、家元夫人と一緒にいて気詰まりじゃねぇか?」
「えぇ?なんで?」
「いやっ、なんとなく」
「あぁ、もしかして学生時代の事がトラウマ?」
クスクス笑ったあと
「沙百合さんは、あたしの憧れの人だよ。あんな女性になりたいと心から思ってるよ」
真っ赤な夕陽が牧野の顔を照らしてた。
夕陽に照らし出された横顔があまりにも綺麗で……一瞬、ドクンッと胸が高鳴った気がした。
事務局長から
「つくしちゃん、azuraの会長に気に入られて孫の嫁にならないかって強くプッシュされているみたいですね」
そう聞いたのは5年目の春だった。誰もが羨む好条件の相手だった。
縁側に座る牧野に
「ようやっと嫁に行けんじゃねぇか。しかも超玉の輿だな」
「ねぇー」
いつものようにくすりと笑ったあとに
「でも……お断りしようと思ってるんだ。で、哀しいかな無職決定かな」
「なんでだ?関係ないだろうよ」
「うーーん、それがまぁ、関係なくもないのよね。だから何となく本人には、のらりくらりと躱してたんだけどね__とうとう会長がお出ましになちゃってさぁー」
「azuraの孫息子って、すげぇいい男だよな?」
「ねぇー」
「ねぇーって__見た目だけじゃなくて性格も将来性もいいんだろ?親の反対どころか、超ウェルカムで、ついでに孫息子自体がお前にも本気なんだろう?」
「うん、そうなのよねぇー まぁ、それだから断りづらいと言うかね。でもさぁ、結婚って一生の事でしょ。だからさぁ」
「まぁな。ってか、お前そんないい男振ったら、この先結婚どころか、恋も出来ねぇんじゃねぇの?」
ゆっくり振り向きながら
「うんっ?恋?恋ならしてるよ」
すげぇいい顔で笑った。ドクンドクンッ
俺が失恋決定な恋をした瞬間だった。
「相手には、告ったのかよ?」
「うふふっ、怖くて告れない__かな」
「お前、案外いい男キラーだから上手くいくんじゃねぇの?頑張ってみろよ」
痛む心は、隅に置いて背中を押した。
「上手くいかなかったら?」
ガキの様な顔して聞いて来る。
「そん時は、しゃねぇなぁ嫁に貰ってやるよ」
冗談めかして言えば__クスクスと笑って
「そっかぁー じゃぁ、どっちに転んでもあたしは、幸せになれるんだ」
燃える様な夕陽が俺等を染めた。
えっ?いつから恋に落ちたの?


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