No.065 人魚の恋 あきつく
ザァーザァー
波の音が耳に優しく谺する。青白く光る月と輝く星と静かな海が少女を見ていた。
パシャッーン
一糸纏わず少女が海に潜る……
永年暮らした街を出て行く最後の夜だった。少女は人魚になってこの町と海とにサヨナラを告げた。
あの日から十五年……月日は少女を大人の女性に変えて行く。
*-*-*-*-*-
昨晩遅くまで書類を仕上げていた身体に、まるで呪文を唱えている様な退屈な講師の話し…..眠気が襲って来る。
「ふわぁっーー」
失礼だとは思いつつ、思わず堪え切れずに出た欠伸。
隣りに座っている何やらいい香りを漂わせた洒落男が、あたしをジッと見ながら
「スゲェ」
と声を洩らして来る。
欠伸ごときで全くもって失礼な輩だ。ジロリと睨んで
「何がでしょうか?」
そう聞けば、顔を俯かせて謝って来る。
フフッンだ。あたしは無駄にいい男は嫌いなんだ。ついでに男の癖に無駄にいい香りを漂わせてる男も嫌いなんだ。
男性蔑視をするわけじゃないけど……でも、こう言う男は絶対にナルシストだ。世の中で自分が一番かっこ良くてモテルなんて思ってるんだ。 うわっ、クワバラ クワバラ
セミナーが終わり__もうこれっきりの筈だった。
全くもって迂闊だった。いつもなら情報招集を怠らないあたしが眠気に負けて、セミナー中…...ボォーッとして隣りの洒落男の名前すら確認してなかったんだ。まぁ、確認した所でどうこうなる問題でも無かったけど__
「つくしちゃん、お願い!つくしちゃんしか頼めないの」
敬愛する夢子社長に懇願されて美作商事に途中入社する事が決まった。
まぁ、なんだその__夢子社長の息子のお目付役だ。好色息子だか放蕩息子だかの専務昇進と共に第二秘書として専務付きになる事が決まったのだ。お目付役ってどうよーって思ったし、あまり気が進まなかったけど……第一秘書の宮原先輩は、あたしの尊敬する有能な先輩秘書だ。彼から学ぶべき事は、今後のあたしのキャリアに大きな力になるだろうし、何よりも夢子社長の頼みを断れる訳がない。
トントンッ
ドアをノックする__一目見て逃げ帰ろうかと思った。だってだってだ。あのセミナーで会ったいい香りの男が目の前にいるんだもん。
「はじめまして、牧野つくしと申します。これからどうぞ宜しくお願い致します」
平静を装って挨拶を交わした。洒落男もとい専務の名前は【美作あきら】と言った。いつでもいい香りを漂わせている。いつでも隙なくいい男だ。なのに、なのに悔しいぐらい仕事が出来る切れ者だった。その上……ちっともナルシストなんかじゃないんだ。芽夢ちゃんと絵夢ちゃん双子ちゃんの良いお兄ちゃんで__顎で扱き使われても文句一つ言わずに優しいんだ。
身内にだから? いやいや、それがそうじゃなくて__まぁなんだか皆にそうなんだ。長子気質とでも言うのか?面倒見がよくて__ビックリだ。
そりゃぁ、モテルのも頷けるよね。うん。頷ける。
いつの間にか……仕事の範疇を抜け出して、知らない内に目で追っていた。
あたしの苦手ないい男で、いい香りを漂わせた男を愛してた。
「望み薄っ」
思わず呟いてから__望み薄っってか、望みないよねって頭を切り替えた。
「はぁっーーー」
溜め息を吐きながらも目で追っていた。
諦めようと何度も思ったけど__見てるだけならいいよね?
自分を納得させて恋をし続けた。
優しい専務は、時折、慰労会と称して宮原さんとあたしを色々な所に誘ってくれる。
宮原さんは、ご自宅に素敵な奥様と可愛いお子さんが待ってるので
「牧野さん、折角のお誘いだから専務と二人で行ってきなよ」
なんて嬉しい事を言って二人にさせてくれる。
好き、好き、大好きが溢れて行く。
二年目の夏、奇跡が起きた。
「結婚して欲しい」
美作さんの口づけがあたしの唇に降って来る。
「今日、いいか?」
あたしは、コクンと頷いた。
「牧野__」
名を呼ばれ髪を解かれる……
サラサラと髪が揺れる。
バスローブを脱がせられ眼鏡を外される。
「えっ?なんで?」
美作さんのなんでの言葉にキョトンとすれば
力一杯抱き締められた。
「俺の人魚__こんな所にいたんだ」
「人魚?」
小ちゃな時に住んでいた海のある町の名を美作さんが口にする。
「俺、そこで人魚に会ったんだ」
青白く光る月と輝く星と愛する美作さんが……あたしを見つめた。
もう一度、深い深い口づけが降ってきた。
人魚は、海の泡とならずに愛する人と結ばれた。
ザァーザァーと、懐かしい波の音がする。
あたしとあなたの物語が始まる


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