baroque 36
少女の胸に咲いた
admiration
小さな憧れを
admiration
利用した
栄にとって雪乃はお姫様だった。白泉で車に乗り込む雪乃を見かけた時、どうしても雪乃が欲しくなった。直ぐに全てを調べ上げさせた。
雪乃は旧華族のお姫様だった。一条の新事業に金銭的にバックアップする代わりに栄は雪乃を手に入れた。欲しくて欲しくて無理矢理手に入れてしまった美しいお姫様だった。栄は雪乃を無理矢理手にしてしまったことでほんの少しの負い目を持っていた。
雪乃が由那を身籠った事が解ったとき、栄にとってそれは天にも昇る嬉しさだった。二人の間に確固たる絆が出来る。いや、雪乃に枷を与えられると。
だが、あまり丈夫でなかった雪乃の身体にとって妊娠出産はかなりの負担になる事が判明した___栄は雪乃に泣いて懇願した。お腹の中の子を諦めてくれと。雪乃は絶対に首を縦には振らず
「栄さんと私の赤ちゃん…..どうかこの手に抱かせて下さい。そう出来ないのであれば、どうぞ離縁なさって下さいませ」
栄は雪乃を失わない為に折れるしか無かった。
月たらずで産まれた由那は少し小さめだったが、健康そのもので二人のもとにやって来た。
由那を初めて抱いた日__栄は神に感謝した。
自分の手から雪乃を奪わないでくれて有り難うございますと。
そして二人のとってかけがえの無い宝物を有り難うございますと。
栄は雪乃を、由那を溺愛した。
ジュエルを世界的企業にのし上げたのも、偏に雪乃のため、由那の為だった。自分がもし先立つ事があったとしても二人がなに不自由なく暮らしていけるようにと。
由那を失った時__栄は恐怖に震えた。薫は勿論の事、雪乃までこの世から失ってしまうのではないのかと。おかしな話しかもしれないが栄にとって老いてもなお雪乃は自分にとってお姫様なのだ。長い髪に繻子のリボンを揺らしていたお姫様。愛しても愛してもやまない存在。
由那を失ってから初めて口にした雪乃の欲しいもの__与えてあげたいと栄は思った。
「…..わかった。でも……薫との事は強要しない。それだけは約束だよ」
そう言って雪乃の願いを聞き入れた。
それに栄とて__由那とよく似たつくしが可愛くて堪らないのは事実だ。屈託なく笑う少女に由那の小さい頃を重ね、九州方面の仕事に行く際には萩の別荘に立寄り、つくしに会いに行っていた。薫をつくしの生家に連れて行ったのは、人形のように振る舞っている薫の本当の笑顔をつくしなら引き出してくれるのではないのかと……淡い期待があったからだった。
雪乃の小さなでも途切れぬの事のない心に巣食った憎悪を感じ、筒井には寄り付こうとしなかった薫が、休みの前には足繁く通い萩に行きたそうな素振りを見せる。栄は小躍りしたい程に嬉しかった。それでも幼いつくしの運命を変えてしまうような事は出来ないと着かず離れずの距離を保ち可愛がっていた。
均衡を破ったのは雪乃だった。いや、
「あなた、つくしちゃんってとっても頭が良いのね。それに、何と行っても人を魅了する力。ゆくゆくはジュエルで働いてくれないかしらね?」
時折雪乃が口にする様になった。それがいつの間にか
「つくしちゃんが白泉に通いたいって言うのだけど」
そんな事を口にする様になっていた。
「白泉にか? 白泉に通うのには結構な額の授業料がかかるぞ?それに、萩からは通えないから寮生活になってしまうぞ」
栄の言葉に雪乃は美しく微笑みを返しながら
「学力がないのでしたら仕方ないですけど、そうじゃないのだったら叶えてあげたらどうかしら?」
「……雪乃、白泉に通う事がどういうことか一番知っているのはお前じゃないのか?」
「あら、あの子を今更どこの馬の骨ともわからないような男に嫁がせられますの?私は嫌でしてよ。せめて白泉の子達が嫁ぐようなお相手でなければ納得出来ませんわ」
雪乃の言葉に栄は頷くしかなかった。
いや、栄もまた押し殺していた気持ちを解き放っただけなのかもしれない。
ずるずると雪乃が用意した罠に嵌っていく。


ありがとうございます♪
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