baroque 41
辛くて、苦しくて
contrainte
逃げ出したくて
contrainte
自由を求めた
筒井や宝珠から__いいや白泉に通うような子にとってみたら下賎な生まれの自分が何故ここにいるんだろう?と何度も何度も考えた......
本来なら相容れない人間の筈なのに……何故と薫やインディゴちゃんにも聞けず一人で考えた。
自分の中で答えが出たのは、高校2年生の秋......
次期生徒会長に選ばれた事を雪乃と亜矢に伝えた時だった。
「由那ちゃんと一緒ね」
二人が嬉しそうに洩らした言葉に自分がここにいる理由に辿り着いたのだ。
あぁ、そうかあたしは【筒井由那】の代わりなのだと。
パチリとピースが嵌った。
ここに居る人達は、自分を見ていない。自分を通して見ているのは【由那】だけ。
だから、【牧野つくし】ではなく【筒井つくし】として女学院に通わされたのだと。
由那の身代わりになるために、故郷を両親を家族を捨てここにいるのだと思った瞬間__胸がはち切れそうに辛かった。
それでも薫が好きだったつくしは、見て見ないふり気が付かないふりを続けた。
17才の少女には、誰かの代わりに人生を生きるなんてことは荷が重過ぎて、【牧野つくし】として自由に生きたいと柵のない東京に出る事を強く願った。
己の精神を正常に保つためつくしに出来る唯一の防御策だったのだ。
雪乃の反対は凄まじいものだった。聞く耳を持たない__まさしくその状態だった。結果的には薫との婚約を形式的に受け入れる事で東京に出る事を許された。
桜咲く嵐山の別邸で執り行われた婚約の儀__緋色の大振り袖を着たつくしを見て悠斗の母祥子が嬉しそうに話しかける。
「懐かしいわぁーー このお着物、由那も着たのよ。伊織さんとの結納の日だったかしら?うふふっ、その後で私のところに遊びに来てね___」
息が出来なかった……パクパクと空気を求めて水面を揺らす金魚のように苦しくて苦しくて堪らなくなった。苦しくて助けを求めるのに__誰もつくしの苦しみに気が付かない。
その日から何度も何度も悪夢を見た。走っても走っても【由那】が追って来る。【由那】の手が伸びてつくしの肩を掴む。振り向いた次の瞬間、【由那】と自分が入れ変わっているのだ。
恐怖で何度震えただろう。己の肩を抱き締めて幾度涙を流しただろう。
溢れそうな哀しみが心にたまっていく。
ピチャンッ
最後の雫が落とされた時___哀しみは少しずつ憎しみに変わっていた。
憎しみに変わった心には、少しだけ心を解きほぐせばわかる筈の愛が歪んで解らなくなっていた。
相容れない筈の自分に、憧れの王子様の薫が好きだと告白してくれたのは__雪乃が自分を可愛がっているからなんだと疑った。
薫に直接その事を聞く勇気がつくしには無かった。薫がもしも「うん。そうだよ」そう認めたら__今度こそ本当に自分は壊れてしまうと思ったのだ。
薫に好きだと告げられた嬉しかった日を、初めてのキスを、初めての夜を、幸せで幸せで堪らなかった思い出を壊したくなかった。
つくしは、勇気を持つ代わりに哀しみを、憎しみを募らせた。
誰かの代わりに愛するなら愛さないでと……心が叫んだ。
愛すれば愛する程に、哀しみが増し、憎しみが増していく。
憎む心から逃げたくて自由になりたいと願えば__自由を奪われる。
愛が歪に歪んでいく。


ありがとうございます♪
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