No.067 ツイテル?ツイテナイ? 司つく
春が始まる。
明朝まで続いた雨が上がり雲一つ無い真っ青な空。
真新しいパンプスを履いて、あたしは外に出る。
気恥ずかしい程にピカピカのパンプス。
ちょっとだけ目を細めて真っ青な空の下に飛び出した。
自転車に颯爽と乗って駅に向った。オンボロ自転車はギコギコ音を立てているけど風を切りながら走らせるのは爽快だ。ふわっと風が舞い桜の花びらが一斉に舞う。
「うわっ、綺麗」
自転車を止めて空を見上げた瞬間、あたしの隣りを赤いスポーツカーと幾台もの黒塗りの車が通り抜け
バッシャーン
盛大に水を被った。何の冗談?そう思えるほどに全身びしょ濡れだ。
「はぁっーー」
大きな溜め息を吐いてから自分の姿を見れば……引き返すしかない。
今来た道を慌てて引き返しスーツを着替えて家を出た。
いざ電車に乗り込もうとすれば
【鳥が車内にいるため3.4号車はご乗車できません】
びっくりする様な張り紙。慌てて2号車に駆け込めば鼻先でドアが閉まった。苦笑いを浮かべて走り去る電車を見送った。
降車駅で迷子の子を見つけ駅長室に連れて行った。心細気にあたしの手を必死で握る男の子を一人で置いていけないで……迎えの人が駆け付けてくるまで一緒に居た。
さぁ、走るぞ!そう思った瞬間
「あのぉ」
老夫婦に声をかけられた。
どうやら道に迷ったらしく___話しを聞けばあたしが向うホテルと同じだったのでホテルが目視出来るところまで一緒に歩いた。
「いま見えてるところになります。ちょっとだけ急いでますのででは」
二人にお辞儀をして__角を曲がった瞬間、走った。走った。走れメロスのように。
途中、ヒールがカクンッとなったけれど気にせず全力疾走した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
肩で息を吐きながら、あとちょっとで会場だ。ふぅっーーと安堵した。
突然目の前に現れた男とぶつかった。
「チィッ」
舌打ちと共に男は去り、あたしは黒服の人達に囲まれた。
トホホっ状態で……黒服の人に解放されたのは5分後だった。
気を取り直して受付に急ぐ。
「おはようございます。すみません。遅れました」
大きな声で挨拶をすれば__くすりと微笑まれて栗色の巻き毛の美しい女性が書類を手渡してくれた。
シーンと静まり返る会場の中に入る。うぅっーー針の筵だ。
壇上の上では開式宣言がされている。
「ふぅっーー」
ようやく席に着いて小さく吐息を漏らした瞬間__トントンとさっきあった巻き毛の女性に肩を叩かれた。
「牧野さん、ちょっと」
手招きをされた。
そぉっーーと席を立ち女性のあとに付いて歩いた。
ヒールが歩く度にカタンカタンとして今にも取れそう
会場を出た所で名刺を手渡されながら
「海外事業部係長の十河です」
ニッコリと微笑まれ
「先程はありがとうございました」
お辞儀をしながら挨拶をした。
「ねぇ、あなたのその靴どうしたの?」
「あっ、実はさっき蹴躓いた瞬間に折れちゃったみたいで。グッとはめ込んだんですけど__あははっ」
「あらっ、靴のサイズは?」
サイズを伝えればフンフン頷きながら
「私と一緒ね。替えの靴があるからそれを貸してあげるわ。それにストッキングも伝染してるみたいだし替えないとね」
「いえいえ、滅相もありません」
「式典の後は、懇談会よ。あっ、それはともかく__牧野さんあなたに頼みたい事があるからちょっと来て頂戴」
強引に腕を掴まれ控え室に連れて行かれ新入社員のスピーチをして欲しいのだと頼まれた。
「あ、あ、あたしがですが」
驚くあたしに平然と、スピーチ予定の人物が具合が悪くなってここに来る前に倒れたと先程連絡があったと言って来るのだ。
「あっ、でも__そんな大役」
「あらっ、あなたの面接かなり評判だったのよ。それにTOEICの成績__宮代君に継いで2番目にいいのよね。それに、あなた英語ディベートサークルの部長だったのよね?」
「あぁ、まぁ」
何のコネもないあたしがココ道明寺HDに受かったのは偏にこの2つのお陰だ。
「うちの会社、英語で決意表明ってご存知よね?それにあなたの所属部署私の部署なのよ。今日の遅刻は多めに見て差し上げてよ」
直属の上司の命令を無碍に断れるもなく……あれよあれという間にスピーチをする事が決定していた。
急遽決まったスピーチをするために、別室に通され只今原稿書き真っ最中だ。
ツイテナイ。ツイテナイ。ハァッーーと何度も溜め息を洩らした。
もとはと言えば__あの水をかけていった赤いスポーツカーの男が原因だ! チラッと見えた巻き毛と嫌味なほどに整った横顔を思い出した。 クソォーーっ
それに、それに、最後にぶつかったあの男、まぁあたしもワルかったけど、ワルかったけど__アッチからぶつかってきたのに、「チッ」で舌打ちで__挙げ句の果てに黒服に色々調べ上げられて__全くもってツイテナイ。ツイテナイ。
顔を上げれば、十河さんがあたしを見ながらニッコリと笑っている。間違いなく優秀な人なのだろう___優秀ですオーラーが漂っているもの。
「出来ました」
原稿を手渡せばフンフン頷きながら「うーん、流石私の見込んだ牧野さん」なんて微笑みが帰って来た。
ハハッ、あははっ__十河さんの言葉にあたしは、渇いた笑いしか出て来ない。
「そう言えば、牧野さん__あなた専務はご覧になられた?」
「あっ、いえっ、取締役紹介の前にココに来ちゃいましたから」
「あら、いやだ、そうだったわよね。うふふっ、かなり素敵でいらっしゃるのよ。まぁ、懇親会の時にでも教えてあげるわね」
「はぁーー」
楽しみと言われても、専務なんて言うのは雲の上のそのまた雲の上の存在だ。楽しみになんてするもんじゃない。それよりも頑張って働いてゆくゆくはNY本社に! 実は、あたし__かなりのブロードウェイオタクだったりする。その為にNYに本社があるココ道明寺HDに頑張って入社したんだ。
まぁ、その為には頑張って出世するしかないんだけどね。
「そうそう、海外事業部の管掌は専務だしね」
「はぁ。」
「あらっ、あなたって男嫌い?」
いやいや、ブロードウェイスターは男性女性問わず好きですが__
「まぁ、いいかっ。じゃぁ、もうちょっとで牧野さんの出番だから頑張ってね」
その言葉と共に壇上に上がってスピーチをまった。
瞬間、さっきぶつかった男の匂いがした。
っん?なんでここで__後ろを振り向いた。
「あぁ、スポーツカー男!!」
あたしが思わず張り上げた声に、男が怪訝な顔で振り向いて目が合った。
で、気がついた。ココにいるって事はだ。道明寺HDの関係者だよね?ってことに。ヤバッ 謝んなきゃと思った次の瞬間
「あぁん?なんだお前」そんな言葉を投げつけられた。
何だお前って、なんだお前って、お前がなんだ!!
謝る気も失せて、かと言って文句も言えそうにないからゆっくりゆっくり目を逸らした時
「フンッ」男が忌々し気に鼻で笑った
なにあんた。全部あんたのせいでしょうが!!
心の中で息巻いた。うん。心の中で__
「ハァッ!!何言いがかりつけてんだ。このブス」
「はぁっーーーー ブスってブスってそれなに!」
大きな声で文句を言っていた。
「ブスにブスって言ったまでだチビッ」
「バカっ!」
「はっ? バカってなんだバカって」
「バカにバカって言ったまでだデカッ」
男の顔が怒りであかくなっている。
「牧野さん、次出番よ~」
声をかけられ壇上に上がった。
ドーパミンでまくりで答辞は上手くいった。
フンガーと鼻息荒く戻ってみれば、さっきの男は居なかった。
懇親会__挨拶のお陰か。
うん。いい感じにエリートの第一歩乗ったんじゃないって感じに声をかけられる。
うんうん。ツイテル。ツイテル。
「道明寺専務。大変お疲れさまでございます」
十河係長が背筋を伸ばして綺麗なお辞儀をした。
せ、せ、専務? ウヒャーーッと思って男を見れば__ニヤリと笑って
「宜しくなチビッ」
縮こまって挨拶するしかない。ない。ない。
でもさぁ、専務と一社員。うん。うん。そんなに一緒になるわけでもないしね。うん。うん。
なのに、なのに
海外事業部……十河係長の言う通り道明寺の管掌だった。
なんの恨みか__いやっ、なんの恨みどころか__あからさまな対応で新人研修なんていうのもすっ飛ばして__あたしの受難が待っていた。
ひぇっーーーー
あたしのオフィスライフ、そしてあたしのあたしの野望はどうなっちゃうのーーーーーー!!
何が始まる?


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