No.068 初恋 類つく
柔らかな光が差す中庭の椅子にその人は腰掛ける。
ドックン
心が高鳴る。
お陽様と一緒に微睡む姿がまるで天使みたいな彼に恋をした。
一目見た瞬間から、つくしの瞳には彼しか映らなくなった。
柔らかな色合いの髪が好き。
ビー玉みたいな瞳が好き。
本を読む真面目な顔が好き。
遠くを見つめて物思いに更けてる顔が好き。
お陽様と戯れながらうたた寝をする顔が好き。
「類!」
フワフワと綺麗な茶色の長い髪をもった女性が来た瞬間、退屈そうな天使の顔が輝いた。天使の愛する人はミューズだった……
2人が並ぶ姿は、まるで一対の絵のように美しかった。嫉妬する気持ちなど起きない程に完璧な二人。
憧れの彼の幸せそうな顔をみて彼女も幸せになってしまうのだ。
最初は彼の王子様のような佇まいに美しい顔に恋をした。
言葉を交わすようになったのは、何が切っ掛けだったのだろう?
彼にとっては、彼女が訪れるまでの退屈しのぎだったのかもしれない。でも、つくしにとっては幸せな幸せな時間だった。彼女に向けるような王子様の微笑みじゃないけれど、人間味溢れる笑い顔を見せてくれるのだ。
憧れの彼が等身大の彼になった頃だった。ミューズが写った大きなポスターに愛しそうに口づけしてる彼をみた。その様があまりにも切なくて、なのに神々しいほどに美しくて……知らない内に、つくしの目からポタリポタリと涙が流れ落ちた。
そして気が付いた。自分の気持ちがただの憧れなどでなくなっていることに。
彼女が___彼のミューズが異国の地に飛び立つ日、つくしは、彼に
「類さん、本当に大切なものは自分の手で掴まなきゃいけないですよ」
ニッコリ笑って背中を思いっきり叩いた。
「つくしちゃん、痛い」背中をさすった後「ありがとう」そう言って振り向きもせず、柔らかな光の中に消えて行った。
つくしは、彼が消えて行った光に向けて手を振った。「幸せにね」ありったけの思いを込めて手を振った。
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リリリッ リリリリリッ 目覚まし時計の音が鳴り響く。
「ふわぁーーー」眠た気な瞳で目覚ましを止めた。
布団の中で、彼の夢を見れた幸せとほろ苦さの泡末を楽しむ。
「さーてと、今日も一日頑張って働くか」
つくしは彼を見送った後、死に物狂いで勉強に励んだ。淋しさを埋めるために。そのお陰で難関とされている国立大学に進み大手企業に就職する事が出来た。
恋人は__残念な事にまだ居ない。と言うよりも好きな人さえもまだ現れていない。いや、初恋の彼をまだ愛しているのかもしれない。
会長秘書を勤めて6年になる。つくしのボスの桜木会長の趣味は自分付きの優秀な秘書の縁談を取り持つ事だ。つくしの前の秘書は全て成功させてきた。
なのに……つくしは手強いのだ。
「牧野さん、朱雀物産のご子息が縁談を……」
途中で言葉を遮り
「でしたら、専務秘書の篠原さんがお勧めです。篠原さん篠原貿易のお嬢様ですし」
なんて自分以外の似合いの子を見つけ出して来るのだ。
桜木会長は、美味しいお茶を淹れてくれて陰日向無く勤勉に働くつくしを買っている。どうしてもどうしても100組の縁談をつくしで纏めたいと画策しているのだ。
今日の縁談は、何となく何となく自信があった。
つくしの相手として白羽の矢が立ったのは……11年ぶりに日本に帰って来た男だった。
男の両親が桜木のもとで働くつくしの事を見て甚く気に入ったのだ。
つくしの飾らない気取らない笑顔をみて__
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男は11年ぶりの日本に降り立った。
正確には10年ぶりの日本だ。渡仏した彼は1年後一度日本に戻って来ていたのだ。
フランスまで追い掛けた彼女とは、すぐに破局が訪れた。お互いに違うお互いを求めていたのだ。あっけない幕切れだった。お互いの心の中に何も燻るものを残さない終わり方だった。良い友人関係を続けられるほどにお互いに思いを残さなかったのだ。
渡仏した彼の心を日毎占めていったのは___カフェで出会った「つくしちゃん」という少女の事だった。
1年後日本に戻った彼は、真っ先にあの緑溢れるカフェに向った。全ては変わらずそこにあったのに、「つくしちゃん」は居なかった。その時は、そうか、残念としか思わなかった。
だけど___不思議な事にこの10年思い出すのは「つくしちゃん」の柔らかい笑顔ばかりなのだ。
彼は、それが恋だと気が付かなかった。
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なんの運命のイタズラか……今宵二人は巡り逢う。
さぁ何が始まる?
それはきっと……
長い長い時間だった


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